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 何とか決勝に進んだ僕たちだが、そこに京子の姿はない。  馬鹿にしそうなはずの陣が境内の隅で黙々と竹刀を振っている。真面目に素振りする陣なんて見たことがない。陣の背中は焔をまとっていた。それは、禍々しいものではなく、神聖なものに見えた。 「集合」  八尋先生が僕たちを集めた。 「三時から決勝やけど、京子は抜けることになった」  八尋先生が腕組みをして、僕らの目をじっと見た。  江口先生が白い髭を撫で、すっと僕の前に出た。 「京子は怪我をしたけんな。山之内、いくぞ。メンバーを発表する。大きな声で返事っ!」  先鋒、古賀!  はいっ!  次鋒、小暮!  はいっ!  中堅、中野!  はいっ!  副将、山之内!  はいっっ!  大将、陣!  はいっっっ! 「いくぞ!」 「「「「「はいっ!」」」」」  副将……。いきなりの対外試合でまさに京子の代わり。僕は頭を真っ白にしていた。ふいに、僕の肩が抱かれた。見ると、陣が僕の肩を抱いていた。それを見た古賀ちゃんが陣と反対側の肩を抱いた。  自然と僕たちはお互いに肩を組み合った。  僕たちの中で、京子に起こったことを正確に理解していたのはほとんどいなかったのかもしれない。でも、京子の無念は誰もが分かった。  そして、それは僕の気持ちを変えた。僕は京子の代わりだ。絶対に勝ちたい。そんな気持ちを抱くのは初めてだった。そして、もう一人……。 「古賀、小暮、中野、山之内、勝つで。俺は必ず勝つ。お前らは四人で二勝したらええねん。緊張せんでええ。山之内、頼むで」  初めて陣が僕らを名前で呼んだ。  大磯小剣道団がこちらを見て笑っていた。陣を真ん中に、僕らは京子を野次った大磯小剣道団を睨んだ。竹刀を握って腰に据えると、強くなった気がした。武道具屋さんで初めて握った時より、ずっと強くなれている。そんな気がした。  決勝まで、あと五分。
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