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『決勝戦を行います。お互いに、礼!』  足が震えていた。初めての対外試合に挑む僕が副将。再認識して、正直臆している自分がいる。相対する相手は僕よりもずっと背が高い。  突然、腰を衝撃が襲った。振り向くと横から陣の右手が伸びていた。陣の目を見ると、いつものいじめっ子とはまるで違う目がそこにあった。  いつか中村先生が言っていた言葉が甦る。陣が変わる機会。それが訪れているのかもしれない。そう思った。 「山之内、大家の代わりやろ。お前が大家や。しっかりせえ。男やろ。女を守るんや」  陣は嫌なヤツだった。  傍若無人で、強ければ何でも許されると、そんな陣が嫌いだった。  陣や京子が勝ちにこだわるのも、僕は理解できなかった。  それでも、今、陣が発した言葉は間違っていない。そして、陣や京子が勝ちにこだわる意味がすこしだけ分かった気がした。竹刀を腰に据える。強く、なるんだ。僕は陣に頷いた。足の震えが止まった。  先鋒の古賀ちゃんが境界線へ立つ。 「古賀、落ち着いていけば良かぞ。小手狙ってけ」  古賀ちゃんが江口先生へ頷き、相手へ深く礼をした。すっと一歩づつ開始線へと足を擦っていく。  僕らの応援席に京子はいない。あれだけの血だ。病院に行ったのだろう。 「古賀、いけんで」  僕の隣で、陣が前のめりになって応援している。地面に正座するのはかなりキツい。そう思っていたけれど、不思議と足は痛まなかった。 「古賀ちゃん、いこう!」 「古賀ちゃん!」 「古賀ちゃん、ファイト!」  僕は自然に声を出していた。小暮くんも中野くんも。みんな、小手の中で拳を握り締めていた。神宮小剣道団をずっと引っ張ってきた京子がいない。みんな、初めて泣いた京子を見たのだ。なんとか、僕たちは勝ちたかった。男子として、勝たなけきゃいけなかった。  ふと、陣の唾を飲み込む音が聞こえた。横目に見た陣の顔は緊張していた。その意味は、古賀ちゃんが蹲踞して竹刀を抜いた時に分かった。  剣道は不思議と竹刀を突き合わせた時点で、実力が分かる。たった一年ちょっとの僕でも、陣が唾を飲み込んだ意味が分かった。そう。古賀ちゃんの相手は、かなり強い。
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