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 残り二十秒を切っていた。防戦一方ながら、古賀ちゃんは何かを狙っているように見えた。  相手は決めにくる。光のような打突を受けながら、何とか鍔迫り合いに古賀ちゃんが持ち込む。 「十秒切った!」  中野くんが叫んだ。  中野くんと古賀ちゃんはずっと二人で稽古をしていた。今度の弥鹿杯、二人のどちらは必ず勝つんだ。そう言い合って稽古に励んでいのを知ってる。京子や陣だけ勝っても団体戦では勝てない。同級生の男子として、京子の次に強い古賀ちゃんと中野くんには期するものがあったのだ。  せめて引き分けに持ち込む。  勝ちへのバトンを繋ぐ。  その気概から古賀ちゃんは最後にとっておきの技を放とうとしていた。  技の名は、逆胴。  僕たちは練習でもそれを見たことがない。とても難しく、一本をとりにくい技だ。  古賀ちゃんの竹刀が違う角度から相手を襲う。鍔迫り合いからの出小手を警戒していた相手が意表をつかれた。相手の防御より意表をついた古賀ちゃんの逆胴が早い。  相手の左胴が高らかに打たれると同時に試合終了のホイッスルが鳴った。古賀ちゃんの起死回生の逆胴はホイッスルより前だ。僕は太ももを小手でぽーんと叩いた。  が、結果は残酷だった。  一人の副審が白い旗を上げたが、もう一人の副審と主審は旗を下に持ち、忙しく振った。  一本、ならず。  古賀ちゃんと相手が開始線に並ぶ。さすがに古賀ちゃんの面が沈んでいる。  一本勝ちっ。勝負あり  主審が赤い旗を上げ、古賀ちゃんは竹刀を収めた。頭を垂れ、僕たちの方へ振り返る。と、三人の先生たちが大きな拍手を送った。 「良かったぞ」  その声を聞いた古賀ちゃんは、面を取ったまま手拭いに顔をうずめた。悔し涙を拭いていた。  次鋒、小暮くんが立ち上がった。 「頼む。小暮、頼むで」  今までメガネメガネと馬鹿にしていた陣が、心から願う声色で小暮くんに声をかけた。力強く小暮くんが頷く。 「小暮くん……」  小暮くんはいまだ手拭いに顔をうずめる古賀ちゃんを見た。中野くん、僕、陣と順番に顔を見た。そこに京子はいない。それを確認したように、小暮くんは強く自分の面金に小手を叩きつけた。何度も叩きつけ、っし、と気合を入れた。そんな小暮くんを初めて見た。  僕は小暮くんをかっこいいと思ったんだ。
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