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 蹲踞から小暮くんが竹刀を抜く。大きな円が描かれた。自信、そして覚悟が大きな円にしっかり表れていた。立ち上がった小暮くんは、いきなり仕掛けた。  いやああぁぁぁあああ!  勢いよく小暮くんが面を打ちながら、相手の懐へ飛び込む。鍔迫り合いで左右に激しく動きながら、相手を押し込む。  ちやああぁぁぁああ!  とんっと飛びながら、鋭い引き面を放った。相手が辛うじて防ぐ。明らかに小暮くんの動きには気合が乗っていた。  相手が追いかけるが、ピタリと止まり剣先を喉元につきつける小暮くんには隙がない。相手は打ち込めない。  僕は震えていた。とても誇らしい小暮くんの背中に、経験したことのない震えがお腹の底から上がってきていた。  僕と小暮くんは、これでも頑張ってきたつもりだ。それは、ともに陣へ向けられたものだった。いつも馬鹿にする陣を打ち負かしたい。京子でも互角の陣に僕と小暮くんが勝つなんてことは、無謀だったかもしれない。それでも、僕たちは勝ちたかったんだ。  僕と小暮くんは、陣の動きをいつも目で追っていた。陣に勝つために。俊敏な脚、突風のごとき打突。それを必死で見ながら、僕たちは何が通じるのかをいつも考えていた。 「鍔迫り合いからの引き技ば極めてみる」  小暮くんは自分に答えを見つけていた。  ずっと僕たちは練習後に残ってお互いの技を磨いた。陣に何度か馬鹿にされたけれど、小暮くんは鍔迫り合いからの引き面、引き胴、この二つを徹底的に練習した。江口先生も庭で熱心に指導してくれたとっておきの技だ。  汗をかきながら、何度も小暮くんは僕に鍔迫り合いを挑んだ。僕が防げるレベルでは陣になんか通用するわけない。最初は防げていた小暮くんの引き技に、僕はいつの間にか対応できなくなっていた。ギリギリまで面か胴か分からない。そんな技を小暮くんは磨き上げた。  その技は、陣に勝つための技だった。結局、選考試合で陣には敵わなかったが、それでも陣を驚かせた技であった。  その陣から小暮くんは頼まれた。「頼むで」と。  小暮くんは必ずあの技を出す。
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