6/16

60人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
 小暮くんが踏み込んで、相手が防ぐ。鍔迫り合いとなる。右、左、と小暮くんが忙しく向きを変える。  いけっ、小暮くん。  僕が心の中で叫ぶと同時に、小暮くんが相手の束を押し上げた。同時に後ろへと跳ぶ。小暮くんの竹刀が斜めに向いている。  引き胴だ。おそらくこの試合を見ている誰もが思ったのではないだろうか。毎日竹刀を突き合わせた僕は、まだ分からないと思っていた。  相手が跳ね上げられた竹刀をくるりと回転させて胴を防ぎにかかった。瞬間、小暮くんの手首が回る。  めええぇぇぇぇんっ!!  今まで聞いたことのない怒号にも似た声が境内に響いた。同時に二本の旗が上がる。  面ありっ!  神宮小の応援席が、わっと沸いた。ちらりと見た江口先生と八尋先生は今まで見たことのない嬉しそうな顔を浮かべていた。 「小暮っ!」  陣が小手を力強く叩き拍手を送った。小暮くんが大きく頷いて、また相手へと体を向けた。  かっこよかった。僕の目には涙が浮かんでいた。勇気をもらって涙が出るなんて、人生で初めてのことだった。  一本をとった小暮くんの佇まいに自信がみなぎっていた。背筋が伸び、背が一段高くなったのではないかと思えるほど。  いやあぁぁぁぁああ!  声の張りも良い。相手の声が逆に小さくなっていた。  小暮くんが小手を打ちにいきながら、また鍔迫り合いに持ち込む。相手は竹刀を振り払われないように、必死に自分のペースへと持ち込もうとする。それを左右に動いて小暮くんが引き剥がす。  小暮くんのペースで試合が進んでいる。小暮くん、勝てるよ。心の中で何度もそう呟いた。  鍔迫り合いから、小暮くんの引き技が駆使される。警戒する相手が辛うじて防ぐ。時折、胴や面に竹刀が届くも、惜しくも審判二人の旗は上がらない。それでも、試合はあと一分を切っていた。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加