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「木谷っ。そいつ、引き技だけばい。押せ押せっ!」  大磯小剣道団から、そんな声が飛んだ。ちっ、と陣の舌打ちが聞こえた。相手選手が大きく頷いている。 「小暮、前へ前へ!」  八尋先生が声を飛ばした。  このまま逃げ切れるのではないか? 鍔迫り合いからの引き技でもう一本取れる可能性も充分にある。何故、前へ、なのか? 僕には疑問だった。 「小暮、前、前!」  陣も声を張った。僕が頭にはてなを浮かべているのに気づいたか、陣がぼそりと言った。 「もう小暮の引き技は通用せんで。お前も応援せえ。あとは、あいつが自分でいけるかどうかや。前へ」  顔を上げると、小暮くんが竹刀で防戦している姿が映った。さっきまで小暮くんがあれだけ大きく強く見えたのに、一瞬で相手の方が大きく映った。  相手は小暮くんにぶつかると同時、重心を下げた。鍔迫り合いには持ち込まずに、重心を下げたところから一気に小暮くんを跳ね上げる。たまらずに仰け反る小暮くんを、さらに相手が追う。  危ない。声が出そうになるのを堪えた。小暮くんがギリギリで面を避ける。また、小暮くんが吹き飛ばされる。体重が後ろに寄ったところで、相手が胴を抜く。なんとか堪える。  こんなにも展開は変わるものか。  こちらは皆が身体を強張らせ、大磯小側は一気に沸き始めた。  目の前で一方的に小暮くんが打たれている。鍔迫り合いに持ち込みたくても吹き飛ばされる。時間の問題だった。 「あのメガネ、前に出ろ言うてるやろ」  陣が舌打ちした。  陣には分からないのだろう。僕たちが前に出ることにどれほどの勇気が必要かを。  旗がひとつ上がった。残りの審判が上げずに事なきを得る。小暮くんの面が下を向いている。自信を失っている。とても一本勝っているように見えない。 「小暮をメガネって言うな」  ふと、後ろからそんな声が聞こえた。
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