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振り向いたそこには、ジャージに着替えた京子が立っていた。
腕を組み、陣を見下ろした。
「もう、小暮をメガネって言わんといて。小暮はここで勝たないといけんの。小暮のために。応援して」
僕は大きく頷いて、中野くんが笑った。
「お前、大丈夫なんかよ」
陣が訊ねると、なにが? とでも言うように京子は「大丈夫」と応えた。陣が珍しく笑った。僕たち六年生、いや、僕たち神宮小剣道団は京子に引っ張られてきた。それを実感した。
試合は待てがかかっている。小暮くんがうなだれて開始線へ戻っていた。そこへ京子の怒号が飛んだ。
「小暮っ!」
びくりと小暮くんが顔を上げる。京子を見つけ、驚いたように固まった。
「前だ! 小暮、前に出らな! 前に出て強くなるっちゃろうもん!」
涙を混ぜたようなその声は小暮くんに届いた。
小暮くんがさらに顔を上げる。すっと、背筋が伸びる。下を向きがちな小暮くんが、踵から頭のてっぺんまで綺麗な線を描き立っている。それは、いつも見る京子の姿勢と似ていた。小暮くんは大きく頷いた。
はじめっ!
うおおぉぉぉぉぉおおお!!
聞いたことのない小暮くんの咆哮が境内に響き渡った。風か、咆哮による波動か、木々の葉が揺れる。小暮くんが雷を纏ったように見えた。
咆哮そのままに、跳ぶ。剣が、しなる。
「いけ」
「いけっ!」
京子と陣の声が重なり、その声を小暮くんの叫びが消し去った。
ちえぇぇぇぇぇ!
竹が大きく鳴った。同時に白い旗が三本見事に上がった。
小手あぁりっ!
しゃあ! 陣が叫ぶ。中野くんと古賀ちゃんが何度も拍手をする。僕は隠れて涙を流していた。仕方ないよ、感動したんだ。
京子が後ろではちきれそうな拍手をいつまでも鳴らしていた。
中堅の中野くんが静かに立ち上がる。
小暮くんに小手を向け祝福した。振り向き、古賀ちゃんを見た。ここまで、古賀ちゃんが負けたら中野くんが必ず勝ってきた。その逆もしかりだ。
「頼む、中野っち」
小暮くんの勝利で古賀ちゃんは涙を拭き終えたようだ。古賀ちゃんが声をかけ、中野くんは静かな炎とともに開始線に向かった。
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