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 中野くんは京子よりも早く神宮小剣道団に入った。  礼に始まり礼に終わる。心に気迫を持ち、正々堂々と相手にぶつかる。江口先生の薫陶を最も長く乞うてきた。  誰よりも静かで、でも、誰よりも内に秘める炎は熱く。礼を尽くし、厳しい稽古にもひたすら耐える。それが中野くんだ。  陣が入るまで、京子を苦しめられるのは中野くんしかいなかった。盟友である古賀ちゃんに土がついた今、中野くんの背中が燃えている。 「っし、これでお前が負けても俺らが優勝や」  陣が、ししし、と僕に笑った。こんちくしょうと思ったけど、僕もそう思ったんだ。中野くんは勝つ。  不思議と剣道の強さは姿勢に表れることが分かってきた。心技体。心が最初にあることは、そういうことなのだろう。中野くんの佇まいは相手の中堅を圧倒しているように見えた。  さあ、二勝して陣に繋げば、優勝だ。 「あんたら。声出して」  京子が小さな声で言った。振り返ると、京子は腕を組んでいた。京子は僕や陣と違う目をしていた。口をきゅっと結び、僕とは違う景色を見ているように映った。  目を試合場に戻すと、わずかな心配は杞憂だったと感じた。あまりにも一瞬の出来事で見逃してしまった。中野くんがものの見事に相手中堅の胴を抜いていたのだ。始まった瞬間の一本であった。  胴ありっ!!  陣が拳を突き上げる。古賀ちゃんが壊れたおもちゃみたいに拍手をしている。小暮くんと僕は顔を見合わせて笑った。特に安堵感に溢れる僕のその笑顔は、にやけていたと言う方が合っていたかもしれない。  だが、振り返って見た京子の表情は変わっていなかった。腕を組み、中野くんを心配そうに見つめていた。
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