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ここまで一勝ニ敗。僕たちは追い込まれた。
不思議と足が震えたりはしなかった。
今まで面倒なことは避けてきた。弱くたって気にもしなかった。
いざ勝負という出番が回ってきたらどうしよう。この決勝が始まるまではそう思っていた。震えが止まらないのではないか。また漏らしてしまったらどうしよう。そんな心配をしていた。
でも、今は違う。そんな感情を、「勝たなきゃ」という使命感が上回っている。竹刀を持つ手が震えたのは、人生で初めての武者震いというやつだった。
「山之内くん、頑張れ!」
「やまのっち、頼む」
小暮くんと古賀ちゃんの声援を受ける。
「山之内、お前は弱ない。勝てるで」
陣がおよそ言いそうにない嘘で僕を鼓舞する。
「山之内、前へ! 勝とう!」
大きな京子の声が背中から飛んできた。
「山之内、剣にその気持ちば乗せなさい。よかぞ! 良い姿勢ばしとるぞ!」
珍しく江口先生の声が響いた。
身体の底から力が湧いて出た。境界線に立ち、相手の目を見る。もちろんチビでネズミの僕なんかよりずっと背が高い。でも、帯刀した竹刀は僕に力をくれた気がした。
後ろを振り返る。みんなが僕へ向けて強い目を送ってくれた。後ろに父さんと母さんの姿がある。
「馨、頑張れー!」
母さんが大きな口を開けて、大人しい父さんも腕を振り上げ応援してくれていた。
勝つ。
僕は初めてそう決意した。
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