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 一、ニ、三歩。帯刀した竹刀を抜き、ゆっくりと弧を描く。大きな半円を描いた。  蹲踞して構えると、ビリビリと相手の剣先から電気が走っているように見えた。今までなら怖気づいていたのかもしれない。  僕は目を見開く。剣に心を乗せる。負けてたまるか、と。僕の心は竹刀にのりうつり、剣先に届いた。僕の剣先からも電気が走った。相手の目が驚き、鋭く変わった。  僕の、人生初めての勝負が始まる。  はじめぇぇぇっ!  しあぁぁぁぁあああ!!  こんなに声を出したことはない。心臓が、筋肉が、波を打つ。両腕の筋肉を内側に絞り、十本の指で小手を強く握った。  緊張しているはずだ。なのに、身体はちゃんと動く。  そうか。四年生の冬、初めて練習を見学した時から僕は成長してるんだ。  僕が弥鹿杯の補欠に入ると決まったとき、何人かが不思議な顔をしていた。特に五年生の田上くんはあからさまに不満げな表情を浮かべていた。五年生で僕より強い人がいるのではと言いたかったのかもしれない。それを察して言った江口先生の一言が胸に強く残っている。 「この中で強い者、そして成長曲線の伸びが高い者を選んだ。学年は関係なか。以上」  応える。その義務が僕にはある。  じり、じりり、と相手が右ににじり進む。慌てずに剣先を相手の喉元へ向ける。大丈夫だ、気圧されるな、自信を持て。あんなに厳しい江口先生が補欠とはいえ選んでくれたんだ。  やあああああああ!  気圧されまいとすると、自然と声が出た。相手が打ってくる。見える。全然、見える。そうだ、僕は京子や陣と稽古してるんだ。江口先生や八尋先生にしごかれてるんだ。  相手の面打ちを抑え、がっぷりと組み合った。相手の息遣いが聞こえる。目が真剣だ。必死だ。僕に向けて笑みを浮かべてない。必死だ。そう、僕は君と対等だ。  さあ、勝負。  相手の束をぐいっと押し、小さなステップで離れながら小手を狙った。  小手えぇぇぇ!    わずかに剣先だが、確実に僕の竹刀は相手の小手に触れた。 「っしゃ! ええぞ、山之内!」  陣の声が聞こえる。 「山之内! オッケーオッケー! 速い!」  京子の声も聞こえる。  戦える。  小さくても、ネズミだろうと、僕にはその武器がある。小さく、すばしっこく、撹乱させてやる。
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