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試合は膠着していた。一本を告げる旗が上がらない。
だが、互いに打つ手がなく、静かな展開というわけではなかった。境内には絶えず竹刀がぶつかる音が響いている。砂を蹴る音が鳴っている。
試合は、僕を知っている人からすると意外な様相を呈していたかもしれない。
僕が押していたのだ。
高揚していた。僕は戦っているんだ、と。
相手は僕の小さく細かな動きに困惑していた。蹴った砂がふわりと舞い、風に溶かれる。細かな打突で小手を狙うと、あからさまに相手は嫌がっていた。良いか悪いか分からないけれど、僕は縮こまりながら生きてきた。運動会でさえ、大きく派手な動作をした記憶がない。その縮こまったところから飛んでくる打突と僕の背の低さが相まって、相手は防御しにくいようだった。
「馨、いけいけ!」
こんな母さんの声、聞いたことがない。やっと僕は親孝行できているのかもしれないね。
小手から面と見せかけての胴。相手が下がる。下がりながら苦し紛れの面を打ってくるだけだ。明らかに押している。もし、剣道に判定があるならば、ここまで僕はたぶん勝っている。
ここで、後ろから絶えず声を出していた京子が声出しを止め、腕を組んだ。
京子は焦っていた。
四十秒は経っただろうか。試合時間の三分の一は過ぎている。勝つならば、ここまでの押している時間で一本決めねばならなかった。京子はそう確信して声を出せなくなっていた。何かアドバイスになり得る言葉を探していた。
事実、京子の目に映るのは、小手と胴を警戒している相手の防御だ。速さに戸惑いがあるものの、打ってくるのは小手と胴。面を狙いたくとも、全く届く気配がない。防御は小手と胴に絞られる。時間が経つごとに、相手の防御は確実性を増していった。
まずいな。京子はそんな顔をしていた。
必死に打ち合いながら、僕はその京子の顔を見た。
よし。京子が心配する顔を見て、僕はしめたと思っていた。
余裕はない。でも、考えていた通りではある。ほんのり見える。僕が勝てる唯一の道が。
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