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「山之内くんっ! 跳ぼう!」  小暮くんが叫んだ。僕の両耳はしっかりその声を掴んだ。 「跳べっ!」 「跳べっ!」 「跳べーーーーっ!」 「跳べええぇっ、山之内!」  背中をぐいと押された。  みんなの声が風となって、僕の背中にぴとりと張り付き、一斉に僕の背中を押す。その力は翼となる。白や黒や青や赤や、色とりどりの翼が僕の背中に生えた気がした。  たたん、たん。リズムを取る。これは古賀ちゃんのリズムだ。  踏み込んだ左足はしっかりと地面をとらえた。これは、陣の踏み込みだ。ずっと悔しい気持ちで陣の動きを研究してきた。あの踏み込みだ。  前へ、上へ、跳んだ。こんなにも勢いよく僕は跳べるんだ。これは、京子の高さだ。そっか、京子はこんなに高くから見下ろすのか。  めえぇぇぇぇぇぇぇぇええん!!  腹の底から声を出した。先生たちがずっと僕に言っていた声を剣に乗せるというやつだ。普段無口な中野くんもこれをやっている。やっと分かった気がする。  竹刀がしなる。まるで鞭のようだ。母さん、父さん、見てる? 剣道して良かったよ。成長したよ! 弱きを切る。弱気を斬るんだ。  両腕に重みが走る。同時、一斉に旗が上がった。  面ありっ! 一本!!  両腕に重さを感じていた。相手を斬った重さだ。この重さが一本なんだ。拍手と歓声が僕を包んでいて、僕は茫然とそんなことを思っていた。  拳を高々と上げて喜びたいのを我慢して、僕は開始線に戻った。いち早く相手の小柳くんへ向けて竹刀を構える。  あと数秒残っている。僕の弱さではいつ一本を取り返されてもおかしくない。油断しちゃだめだ。遅れて開始線に戻ってきた小柳くんの喉元へ、しっかりと剣先を向けた。後ろで江口先生が大きく頷いていた。  決死の攻撃が襲ってくる。  集中、集中、集中だ。目を、足を、両腕を、僕にできる限り全力で動かす。  僕は初めて、他人から悔しい目というものを向けられていた。程なくして、ホイッスルが鳴った。  一本勝ち。勝負あり!  深く小柳くんへ礼をすると、強ばっていた全身の筋肉が一気に緩んだ。  振り向くと、古賀ちゃんの、小暮くんの、中野くんの、陣の、京子の、先生たちの、父さん母さんの笑顔が弾けていた。顔の筋肉が解けるように緩み、僕は大きく笑った。  最後は陣だ。間違いない。  京子がいない今、あれほど憎かった陣が大将に座ってくれていることがどれだけ心強いか。 「陣、頼んだ!」  陣と小手を合わせた。たった昨日まで憎かったことが、嘘のように霧散していく。 「おぅ、当たり前や」  陣が、ぽおぉんと胸もとを叩いた。みんなも続いて陣に声をかける。 「陣っ」 「頼む、陣!」 「陣、任せたよ!」  僕たちの声を背に陣が境界線に立つ。  陣は小さく震えているように見えた。怖くてとか、おそらくそれは、そんなんじゃなくて。僕には分かり得ない震えだった。
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