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 ある日、家に帰ると母ちゃんが血を流していた。  ばあちゃんに電話して、救急車を呼んで、とても学校で王様気取りしていると思えないほど狼狽えた。母ちゃんの頭を押さえるタオルを震わせていた。  病院で母ちゃんを待っていると、日が暮れた。母ちゃんがどんな状態なのか、怖くて看護師に聞くことはできなかった。夜に浸かったところで、廊下をパタパタと俺に近づく姿があった。ばあちゃんが九州からすっ飛んで来てくれた。  ばあちゃんは泣いていた。わたしが悪かった、わたしの失敗やった、と泣いていた。雄大、ごめんね、そう何度も言われた。 「雄大、転校してもよかね?」  何でも叶う学校を出るのは気が引けた。だが、それで母ちゃんが助かるなら、それで良いと思った。母ちゃんは頭の骨を折っていると伝えられ、俺はばあちゃんの言葉に頷いた。  明日、学校に行って、悪友のヒデや武田らに転校することを伝えよう。剣道の奴らにも最後やから小手の打ち方くらい教えてやろう。  翌日、ヒデや武田に伝えると、二人は「ほんまけ」とだけ言って嬉しそうな顔をした。「お前ら、悲しめや」と髪の毛を掴むと、反抗的に振り払いやがった。下校は虚しいものだった。誰からもサヨナラの一言を言われなかった。  校門をくぐろうとしたところで、足元に石が跳ねた。後ろを振り返ると、校舎の三階から武田が俺に石を投げていた。 「殺すぞ、われ、こら!」  叫ぶと、武田とヒデ、それに他の俺にビビってた奴らまでが俺に向かって舌を出した。 「はよ田舎行け、ぼけぇ! 二度と大阪来んな!」  いつか大阪に戻ったら締め上げてやる。頭をかっかさせながら、夜に道場へ足を運んだ。  剣道を一緒にやる奴らは学校の奴らより従順だ。あいつらには最後に速い小手打ちを教えてやろう。それで全国大会であいつらとやるとか……。良いやんけ。  道場の扉を開け、いつものように防具をつけようとしたところで腕を掴まれた。いつも口うるさい先生だった。 「雄大、転校のことは聞いたわ。もう道場には来んでええ。今月は月謝も要らんし」 「いや、最後くらいやるわ。あいつら弱えし、俺が最後に技教えたんねん」  ふう、とその先生は溜息をついた。 「分かった。挨拶を最初にしようや。その後、陣と稽古したいもんがおるか、聞くわな。……でもな、毎日毎日言うてきたけど、雄大がみんなにしてきたことを最後に学んでいきや。雄大、お前はようけ学ばなあかん」  その先生は悲しそうな目をして俺の頭に手を置いた。その手を振り払い、皆に声をかけた。 「最後やし、必殺技教えたるわ。教えてもらいたい奴、並べ。強うしたる。ほんで、全国大会とかで俺が勝ったるわな」  誰も俺の前に並ぶことはなかった。剣道の奴らは良い奴らだった。そいつらは、恐れる目で俺から離れていた。  ああ。  そうか。俺は親父か。  笑いが出た。大声で笑って竹刀を片付けた。 「狂っとるわ」  後ろからそんな声がし、最後だけ静かに大阪を離れた。
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