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「おい。お前、あのでけえ女のこと好きとや?」  つんっと鼻の奥に痛みが走った。にやけた顔が目の前にある。京子に「生理女」と抜かしやがったのはこいつだ。その時と同じ目をしている。  止めっ!  審判による「止め」がかかる前、相手の渡辺は「気持ち悪いやつばい」と言い放って離れた。  腹の奥からマグマのような怒りが口元めがけて吹き上げてくる。俺はまだまだ剣道の尊さを理解していなかった。 「殺すぞ、てめえ」  小さく渡辺に言い放った言葉を審判にちゃんと聞かれてしまっていた。  試合が再開されず、審判三人が何やら協議に入っていた。審判が元の位置に戻り、旗を斜めに下げた。俺に向けて一本の指を指した。  反則。  何が反則なのか分からなかった八尋先生が審判に怒声を上げてくれていた。 「審判、説明を!」  はじめっ!  八尋先生の声も虚しく、試合は再開された。  ムカついた。俺じゃない。けしかけたのは、あいつだ。  竹刀が暴れる。感情そのままに、暴れる竹刀は渡辺の急所から外れていく。避けるたびに、にやにやと鬱陶しい渡辺の目がこちらを向く。蹴散らそうと雑に打った技はもっと外れていく。 「陣っ! 深呼吸。大丈夫、分かっとうよ!」  後ろから京子の声がした。待てがかかり、京子の方を見た。京子が大きく頷いていた。それは、俺が悪いんじゃないと分かってくれている頷きだった。  京子は尊い。そう感じた。だから、京子は強いのだ。この俺でも勝てないのは、京子は心技体を極める剣道を知っているからだ。京子にはそれが備わっている。  この大将の座は京子のものだ。俺はその代わりに戦っている。しかも、京子の代わりに出た山之内は勝ったんだ。  心なんか乱している場合か。  誓ったじゃないか、勝つと。
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