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終章
「こんにちは」
がたつくアルミサッシを開けると、奥に座る老人がちらりと僕を見た。
前島武道具店は今日も独特の匂いを放っている。
僕はポリバケツみたいな容器に入った竹刀を漁っていた。全部一緒だ。でも、それぞれ違う。僕はピンとくる竹刀を抜いては左手に持ち、帯刀した。
不思議だなと思う。すべて同じ竹刀なのに重さ、いや、重みが違うのだ。
もうすぐ夏の大会がやってくる。弥鹿杯ほど由緒ある大会ではないけれど、僕たちはその大会へ向けて進み始めていた。
「ほっほ、お気に召さんとやろ?」
次々に竹刀を試す僕へ老店主が歩み寄る。
「大きくならんしゃったな、ぼく」
しわくちゃの手が僕の頭に乗った。
「いえ、一センチしか伸びてません」
うはは、と老店主は笑った。
「背は伸びとらんとか。そうかそうか。やけんど、心は大きなっとるばい」
そう言いながら、老店主は一本一本丁寧に並べられた竹刀からそのうちの一本を取り上げた。
「どうじゃろか。帯刀してみらんね」
受け取った竹刀は重かった。束がまるで生きているようだ。僕の手が逆に束に掴まれた感覚に陥る。帯刀すると、やたら重い。だが、背筋が伸びた。
竹刀が僕に言った。
次はここまで来れるか、と。
「ほほっ、よかよか。竹刀がぼっちゃんを気に入りよる」
老店主は勝手にその竹刀を持ち、包装紙を巻き始めた。僕は二千円しか持ってない。老店主にすみませんと声をかけた。
「よかよか、お金ば心配しとっちゃろ? そこの竹刀と同じでよかと。わしは商売しとるけど、商売はしとらんとよ」
そう言って老店主はまた、うははと笑った。
お店を出て見上げた空はとっても高く、綺麗に青かった。
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