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夏の体育館は床が冷たくて気持ちが良いんだ。
足を踏み入れると、既に竹刀の音が響いていた。
陣の切り返しを京子が受けている。昨日一昨日よりも早い切り返しだ。弥鹿杯以来、陣は一回りも二回りも強くなった気がする。それを難なく受ける京子はどれだけ強いのか。
「おせーやろ、山之内」
切り返しを止めた陣がこちらに振り返る。
「ごめんごめん」
僕たちは弥鹿杯から新しい一歩を踏み出していた。
「小暮くんは?」
僕が訊ねると、陣は演台の方へ顎をしゃくった。演台には正座して目を瞑る小暮くんがいた。小暮くんが目を開けてこちらを向く。僕を見つけてニコリと微笑んだ。安心した表情に見える。
小暮くんが昼休みにボールを当てられることはなくなっていた。どうやら、陣が一役買ったと噂で聞いた。
体育館の隅で古賀ちゃんと中野くんが身振り手振りを交ぜて何やら話し込んでいるのも見える。
「何をぼーっとしてんねや。お前が六年で最後やぞ」
「山之内はいつまで経っても駄目やね」
陣と京子が肩をすくめた。
「ごめんって」
反対側の扉が開いて、まだまだ夕焼けには程遠い陽光が体育館に射し込んだ。
「こらあ! 竹刀持つとは、礼して体操してからっち言いよろうがっ!」
江口先生が入った途端に陣と京子に怒鳴った。江口先生は怒っていて、でも、とても怒っているようには見えなかった。
すみません、と言いながら逃げるように京子と陣が体育館を出る。中野くんと古賀ちゃんが後に続く。
「小暮くん、雑巾がけばい! 行っとくよ」
「ちょっと待ってえ」
手洗い場で陣がみんなに水を掛け、京子や古賀ちゃんが反撃していた。中野くんが小さな笑みを浮かべ、走ってきた僕を目がけ蛇口の元を指で塞ぐ。勢いよく水が飛んできて、僕は全身びしょびしょになった。
「うえー、なんばしよっとよ。江口先生に言うばい」
「ごめん、言わんといて」
「また山之内はチクリよう」
「まだチクってなかろうもん」
固く絞った雑巾を振り回しながらみんなで体育館へ戻る。こっちの壁から向こうの壁まで競争だ。雑巾を滑らせながら、僕たちの足音が体育館にこだまする。途中で小暮くんがすっ転んで、みんなで笑って、それを江口先生が笑いながら見ていた。
体育館を囲む桜にとまった蝉がみんみんと、一斉に笑っている気がした。
了
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