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 黙祷(もくとう)  目を閉じる。電灯がじじじと鳴る音が聞こえる。袴が擦れる音に気をとられ、外で誰かが砂利を踏みしめる音まで気になってくる。  やめい  音が聞こえるのは、雑念がある証拠らしい。今からまた一時間半の地獄が始まるのかという雑念にまみれたまま、僕は目を開けた。  準備運動をして、みんなは素振りに入っていく。正面、斜め、切り返し、早素振りと移行していく。 「いち、にいっ、さんっ、しいっ」  揃った掛け声と吐く息とが館内にこだまする。  僕はというと、体育館の隅っこで竹刀を中段に構えたまま、泥棒のような動きをしている。摺り足で前へ後ろへ。今日で三日目だが、ずっとこれをやらされている。 「ぃち、にぃ」 「声が小さいよ。腹から出そう」 「いち、にい、さん、しい」 「まだぁ、小さい」  まったく面白くない一時間半だ。時計を見る。あ、あと一時間二十分になってる。あと、十分の九の我慢だ。  傍目にみんなが面をつけ始めたのが見えた。既に京子は面をつけ終えて立っている。背筋が伸び、六年生すら悠々と見下ろしている。同じ五年生にはやはり見えない。  小暮くんとおそらく低学年の子が遅れていた。「はよ準備せんかい」と怒鳴られながら、小暮くんはおずおずと立ち上がり、列に並んだ。京子がちらりと小暮くんに視線を寄越した。面で表情は分からないが、心配しているとか、そんな感情の視線でなかったように見えた。
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