彼女はどこかズレている

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 帰り道。本当はあの場所は通りたくない。でも、あそこを通らないと、相当遠回りをしないといけなくなってしまう。図書館に寄ったせいで学校を出るのが遅れた涼介にとっては、この暗い中で迂回するのは避けたかった。 (今日はこれがあるしな)  長ズボンのポケットには、途中の駄菓子屋で買ったべっこう飴。これさえ持っておけば、いざというときも対処できるに違いない。  住宅街に差し掛かり、彼はおそるおそるあの通りを歩いていく。  電柱を通り過ぎて十数歩歩いた時、背後に気配を感じた。勇気を出して振り向くと、彼女が立っている。いつものコートにいつものマスク。また電柱の方に顔を向けている。  ただ1ついつもと違うのは、マスクをあごの方まで下げ、電話をしているということ。その口元は、裂けていない。まったくと言っていいほど普通の顔だった。 (……なんだ、普通の人じゃないか)  驚いた涼介に、次第に安堵の思いが広がる。途端、彼がそれまで感じていた彼女への違和感も雲散霧消してしまった。  そうか、自分が変に怖がっていたから、そう見えただけなんだ。彼は「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺を思い出し、怖がりの自分に少し笑ってしまった。 「……君、どうしたの?」  突然、涼介は彼女に話しかけられた。電話の終わった彼女は、顔だけちらとこっちを見ている。口を確認しているうちに、ついつい近づいてしまったらしい。気が付けば、彼女と数メートルの位置にいた。 「あの、ごめんなさい。綺麗な人だなと思って」 「あら、ありがとね。ずっと見てたから」  咄嗟にごまかした涼介に、女性はにこりと笑う。その笑顔に、彼はすっかり猜疑心を解き、冗談めかして続けた。 「いやあ、あの、ホントは、いつもマスクしてるの見てたので、妖怪なんじゃないかと思って――」 「本当はそんな失礼なこと、言わない方がいいわよ」  コートのボタンを外し、マスクも取った彼女が、涼介の方に向き直る。 「ごめんね、分かりづらくて。私、」  初めて真正面から彼女を見る。口に縦に線が入っている。口だけじゃない。頭のてっぺんから胸元まで、服で隠れてない部分に、まっすぐ裂け目が入っていた。 「あ……あ……………」  恐怖に震えながら、彼が喉の奥で微かに呟く。  少し体を傾けたせいか、彼女の左半分がずるりと動く。いつもはコートで押さえていたであろうその半身がズレて、にちゃあと粘っこい音を立てた。  まるで人体模型のように真っ二つになった骨や臓器が見え、足をぬらぬらと赤黒い血が伝う。 「綺麗? これでも?」  いつもポケットに入れていた右手、その右手に持ったハサミを高く振り上げながら、女は涼介に尋ねた。  <了>
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