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「プネウマ、が一番良いんじゃないの?」
そうつまらなそうな表情を浮かべていったのは、他でもないメアリだった。というか、今ぼくとメアリしかまともに会話出来る状態ではないのだから、ぼくの戯言にメアリが乗っかるのは至極当然でありそれ以上のことは何一つとして存在しない訳だけれど。
「プネウマ……確か古い言葉であったような気がするけれど、そこまでの知識は持ち合わせていないのよね、残念ながら。しかしながら、実際、わたし達が彼女のことをどう呼ぶかなんて、最早それしか残されていない訳だし。……だって、彼女、自分の名前すら思い出せないのでしょう?」
それは、そうだった。
プネウマはずっと下を向いたまま歩いている――今は立ち止まっているのだけれど――その様子は駄々をこねたいけれど抑え付けられた子供のようでもあった。昔の自分を見ているようで、何だか悲しい気分になる。しかし、それを今どう捉えようったって、それは何も解決しない。解決したくても、解決出来ない。解決しようにも、手がかりが何一つとして存在しないのだから。これは推理したくても推理出来ない――ある意味由々しき事態とも言えるだろう。
「由々しき事態とは簡単に言えるかもしれないけれど……しかしながら、それをそう片付けられるのも今のうちかもしれないのよね。きっと彼女には……何かしらの闇が潜んでいる」
闇。
きっとぼく達が生きている内に辿り着くはずのない闇のことを意味しているのだろうけれど――仮にそうであったとしても、それならプネウマをここで見捨てることが出来るだろうか?
ぼくは出来ない。
しようと思っても、本能でお断りだ。
「……で、どうしてここに来ることにしたんだ、メアリ」
本題に戻る。
メアリがやって来たある場所、そこについての説明をしてもらう必要があったからだ。
その場所はコンクリートで出来た建物だった。窓が沢山備え付けられていて、幟が立っていて、暖簾には丸と波線で描かれたマークがどどんと真ん中に設置されていて、大きな煙突からは煙が立っている。時折水の流れる音や鼻歌も聞こえてくるし……。
何だ? もうこの時間から楽しんでいるのか?
良いご身分だな……。
あ、それはぼくも一緒か。
「……メアリ、ここは」
ぼくは解答をメアリに促す。
尤も、メアリに聞かなくてもこの場所が何であるかは把握していたのだけれど。
「ここはわたしのお気に入りの場所……銭湯よ!」
銭湯『ワタナベ』。
それがぼく達のやって来たスポットであった。
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