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「蒸気機関によって生み出されるエネルギーは、結構莫大な物なんだったっけ? 確か、つい百年ぐらい前まではあんまり評価されなかったけれど、ブレイクスルーが起きて格段にエネルギー効率が良くなって、世界のメーカーが挙って蒸気機関を導入するようになったとかならなかったとか」
番台のある所まで戻ってきたぼくは、それから数分してやって来たメアリとプネウマを待っていた。のんびりとやって来た彼女達は、あろうことかその場でフルーツ牛乳を飲みたいなどと宣ってきた。ここに来た目的は、ほんとうに銭湯に入りたかっただけなのだろうか?
フルーツ牛乳――実は瓶で入っているこれは、最早絶滅危惧種と言っても差し支えない。実際、ここ以外で飲まれているケースを見たことがない――この場合のケースは容器という意味ではなく場合という意味だけれど。
腰に手を当てフルーツ牛乳をぐいっと飲む。火照った身体にキンキンに冷えたフルーツ牛乳が入ることで、随分と気持ち良いことになるのだ。それはぼくだって分かっていることだし、メアリだって分かっていることだった。だからメアリはそれをやりたいとぼくに言ってきた訳だし、恐らくそれも知らないプネウマに体験させたがっていたのかもしれない。まさかとは思うけれど、それをさせたいがためにわざわざ銭湯にやって来たんじゃないだろうな。だとしたら流石に溜息しか出ない。
「ちっちっち。分かっちゃいないねえ、ライトは」
何が分かっていないというのだろうか?
分かっていないのは、こっちの台詞だ。
「まあまあ、何が分かっていないのかはさておいて……ここに来たのはきちんとした理由があるよ。ちゃんとした理由だ。はっきりとした理由と言っても良い。はい、それじゃあここでライトには探偵の職業訓練を受けてもらおうか」
お断りだ。
「断ると失業手当を貰えないけれど? 失業とは認定してあげないよ?」
ぼくがいつ失業したんだ。
待期は終わったのだろうか。
「さっき、プネウマちゃんに言われたのだけれど……、彼女がなんて言ったか覚えているかな」
「ええと……、確か歯車が沢山ある部屋、だっったよな。それがどうかしたのか?」
「それが第一のヒント」
第一のヒント?
つまり、第二第三のヒントが存在するということか。あの断片的な会話で?
そこまで辿り着いたのならば、やっぱり探偵と名乗っているだけのことはあるのかもしれない。ちょっとだけ見直した。ちょっとだけな。今までの評価が七十五点だったら七十七点ぐらいには上方修正したよ。
「それでも二点しか上方修正しないのは辛口にも程があるけれど……、そんなことを言っている場合じゃない。歯車とプネウマちゃんは言ったけれど、実際歯車がある場所なんて限られている。それは機械仕掛けの亀の動力関係が一番有り得そうな所だけれど、普通に考えてそこに入らせてくれる訳がないでしょう? だったら、出来ることならわたし達でも入ることが出来るような場所を潰すのが一番ってこと。そこで、第二のヒント」
「第二のヒント? プネウマの証言に、二つもヒントが隠されていたのか?」
「違うわよ。……この銭湯に限らず、機械仕掛けの亀が作り出す動力って、この街の大半のエネルギーを賄っていることは、この街に住んでいる人間の常識でもあるけれど、大抵は蒸気機関で生み出されたエネルギーを何かのエネルギーに変換して利用している。蒸気をそのまま利用することはない、ってこと。けれど、数少ない、というか唯一それを利用している場所がある。それが――」
「――銭湯、って訳か。でも、銭湯って歯車が動いているイメージはないけれど?」
「ボイラーって結構歯車が多いって聞いたことがあるわよ? それに、歯車がない場所はないし。かといって工場は殆ど歯車は隠されてしまっているし、実際にわたしが入ることが出来て、歯車が沢山使われているのはここぐらいかな、って」
成る程。
メアリはメアリなりに色々と考えた結果、ここにやって来たという訳か。
決して、風呂に入りたいがためにここにやって来た訳ではない――ということだ。
「そうそう、その通り! いやー、話が分かってくれて助かるよ。流石わたしの親友ってところかな」
「それは否定させてもらうよ」
「どうして?」
別に。
適当だけれど。
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