第二話 鋼鉄の背骨 Steel_Spine.

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「フェアかフェアじゃないかは置いといて、実際どうなんだよ。……ここは、そのお嬢ちゃんが来たことのある場所なのか? それとも違うのか?」  そう。  本題はそこである……。ぼくの家に落ちて来た、謎の少女プネウマの記憶について。記憶は曖昧で、それ以外の記憶も出来れば思い出して欲しいものだけれど、そうも行かない。思い出してくれという思いだけで記憶が戻って来るなら、さっさと皆そう思うに決まっている……。例えば昔は多かったらしいけれど、年齢を重ねていくにつれて、記憶を失っていく病気にかかる人も居たらしい。最終的には自分の名前すら忘れてしまうんだとか。怖いな。呼吸したり心臓を動かしたり……、そういう生存に必須なことについては忘れないんだろうか? 「忘れる忘れないじゃなくて……、それは本能なんじゃないの? とどのつまり、たとえ記憶を全て失ったとしても、それだけは忘れないでいる、と。機械をリセットしたからって、何もかも使えなくなる訳じゃない。基本に関わるところを消去したら、全く動かなくなるとかはあるのかもしれないけれど……、今はそれを省くとして」  成る程、生存本能か。確かにそれは納得だ……、でもそれはそれで厄介だよな。理性とかを失っていないだけマシなのかもしれないけれど。 「でも、全てを忘れた人ってのは恐ろしいらしいわよ? 恥ずかしいという気持ちも、身体にかかっているリミッターも外れてしまうらしいんだから。リミッター……意味分かる?」  ええと、つまり――これ以上は動かせないという限界を超えてしまうということか? 「その通り。具体的には、関節がここまでしか曲がらないのに、痛みを認識しないから、そのまま曲げてしまって脱臼してしまったり……、足が疲労を訴えているのに走り続けて心拍数が上がり過ぎて倒れてしまって、そのまま息を引き取ったり……。案外、リミッターが外れた人間って恐ろしいわよ。それこそ、何をしでかすか分かったものじゃない。今はもう必要ないけれど……、昔は自動車を運転するのに免許が必要だったらしいじゃない?」  ああ――今は自動操縦が主流になってしまっているから、自動車免許を持っているのは、わざわざ手動操縦で運転したい変わり者ぐらいしか居ないらしいけれど、それが一体どうしたって言うんだ? 「昔は、スチーム・タートルよりめちゃくちゃ広い土地で生活していた訳でしょう。で、その土地も全てが栄えている訳じゃなくて、写真とか本とかで見たことがあるかもしれないけれど、長閑な土地が広がっていることだってある。鉄道やモノレール、バスなんかも走っていないような場所があったんだって」 「古い書物にはそんなことが書いてあったような気がするな。……この時代からすると、甚だ信じ難いことではあるけれど。だって、鉄道にバスもなければ、どうやって生活していたんだ? 自転車?」 「そこで使われていたのが自動車、あとはバイクかしらね。……その当時は自動操縦なんて夢のまた夢なんて言われていた頃だったから、自転車を運転するには技術も知識も必要だったらしいわよ。それこそ、助手席に先生を乗せて何時間もつきっきりで実技授業を受けるんですって。試験も受けなきゃいけないから、落ちる人も居たんだとか。……でも、その土地にとってみれば、自転車を運転出来るかどうかは死活問題。買い物にも病院にも仕事にも行けない。だから若いうちから……その当時は十八歳から免許を取りに行けたらしいけれど、その年齢になったら直ぐに自動車免許を取りに行く、というのはそういう土地では当たり前のことだったらしいわよ」 「何だか、全然想像出来ないな……。今じゃあんまり自動車を運転出来る人が居ないからかもしれないが。でも、全く居ない訳じゃないよな? ええと、確か……」 「代行運転をする仕事もあるにはあるわ。自動操縦が主流となってしまったから、手動操縦出来る人が少なくなってしまって……、そういう需要に応えるために始まった仕事ね。何だって仕事にしちゃうんだから、人間って強かよね」
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