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「そんな理屈と一緒にされちゃ困るんだけれどね……。というか、今は餌にも拘っている訳だから、青い海老だって黄色い海老だって……はたまた黒い海老だって居る訳だろうし」
それ、ブラックタイガーの暗喩だったりする?
「それ、虎でしょう?」
「いや、海老だな」
「海老だね」
総ツッコミ(プネウマを除く)を受けて、撃沈するメアリ。……多分彼女のことだ。きっと冗談を交えて言ってくれたんだと思う。きっとそうだ。そうじゃないと、この状況を受け入れられない……。だって、メアリは割と博識だからな。
「割と、っていう言葉を外してくれるともっと有難いのだけれど……、でもありがとうね。とやかく言うつもりはないけれど、そういう言葉がストレートにぐっと来る。言霊……だっけ? 言葉に力が宿るなんて話も聞いたことがあるけれど、素直に感じることが出来るわね」
うん……うん? 言霊ってそういう意味だったっけ? 確か実際に発言するとその通りになってしまうだとかそういうニュアンスのことだったような気がするけれど――。
「……そら、」
そこでぼくは強引に思考を阻害された。というものの、その原因は紛れもなくプネウマだった。何故プネウマがそんなことを口にしたのかなんて、少し物事を遡ってみれば、答えは容易に見えてくるはずだった。
プネウマは、機械室を一瞥している。
いや、一瞥とは言い難いぐらい、何度も見回している。
そして、その上で出た結論――いやさ、ファーストインプレッションが、それだった。
「空……? 今、プネウマちゃん、何か言ったよね? 紛れもなく、何かを言ったよね?」
「いや、何かって……。君が最初に口にした、その言葉を口にしたのだと思うけれど?」
しかし、空、か。
もしかしたら、同音異義語なのかもしれないけれど、しかしぼくの耳が健常者と同等であることが確かであるならば……、プネウマは確かに『空』と口にしたはずだ。
空。
つまり、スカイ。天井というか……、頭上に広がるもののことを言うのだろう。
でも、空?
歯車と配管だらけのむさ苦しい機械室で言ったその一言は、開放的だという言葉が一言目に出てくるような、抽象的な言葉であるとは。
いや、或いは……直接的な言葉なのかもしれないけれど。
「空……ってどういうことなんだろう? プネウマちゃんは、どうしてそんな言葉を口にしたんだと思う? ね、プネウマちゃん。もっと分かったことはないかなー? お姉ちゃんに教えてくれないかな」
「お姉ちゃんと言える程の善行を積んできたとは到底思えないのだけれど」
「黙っていろ童貞」
ひどい。
割とひどいステータスで侮蔑されたような気がするぞ。その発言を言って良いということは、女性にもあの言葉を口にして良いってことだよな。けれど、令和のコンプライアンス的なことを考えると、その発言を口にして良いのか憚られるところもあるのだけれど。
いや、冷静に考えろ。
令和のコンプライアンスって何だ?
「……あおい、そら。それだけ……」
「青い……空? いやいや、そんな空が見える訳が……」
そんな空は、ここ数十年と見た人は居ないと思う。いや、もっと昔から青空は見えていないかもしれない。
というのも、今まで表現していなかったから、全く把握していなかったのかもしれないけれど……、ぼく達の頭上――尤も、今は機械室に居るから上を向いても天井しか見えないんだけれど――に広がるのは、やはり天井であった。
かつては空が広がっていて、開放的な空間だというイメージが強かったかもしれない。
しかし、それは今は昔。上層街と下層街に分断されてしまった現代では、下層街から見ることの出来る空というのは、非常に限定的だった。
スチーム・タートルの周囲――外壁とでも言うべきだろうか――の近くには自衛軍基地が設けられており、ぼく達が住んでいる下層街はそれに囲われた世界となっている。とどのつまり、ぼく達が青空をこの目で見ることは……、金輪際訪れないということだ。
尤も、スチーム・タートルから外に出れば全て解決するのかもしれないが……、スチーム・タートルの外に出ることが出来る人間は一握りで、下層街に住んでいる人間がその権利を得ることは、天地がひっくり返っても有り得ないことだった。
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