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「……で、どうしてわたしをこんなきったねえ路地裏のお店に呼びつけたのか教えて欲しいねえ。あ、それとも教えたくない事情でもあるのかな? だとしたら、それはそれでわたしを呼んだ意味がこれっぽっちもない訳だけれど」
良く喋る女だった――それはいつ出会ったとしてもそう思うのだけれど、しかして、それを矯正してもらう必要はこれっぽっちもなかった。こいつが仮に無口になったり、あまり喋らない女に成り下がったら、それはそれでアイデンティティを失ったような気がするからだ。
「……それはそれで、わたしの心がやさぐれるんだけれどなぁ――まあ、それは置いといて。ライトはどうしてわたしを呼びつけた訳?」
それについては、散々電話で言ったような気がするのだけれど――ええと、最初から話をしないとダメか?
「ダメじゃないけれど。空から女の子が落ちてきたんでしょう。もしかして空に島が浮かんでたりして。あった、あったよ、ほんとうに――」
言わせねーよ。
言わせたところで何一つ変わりゃしないのだけれど。
「ただまあ、現実的に考えて――ほんとうに空から少女が落ちてきたのかね? 空ってことは――上層街ってことになるよ。仮にそれが真実であったとしても、我々三級市民は触れないでおいた方が身のためなんじゃないかねえ。ほら、なんだっけ。身から出た錆?」
全然違えよ。それを言うなら……何だっけ?
「とにかく、わたしはそれを放置した方が良いと思うね。あ、おっちゃん、ウインナー一つ追加で」
そのタイミングでぼく達の向かいに立っている捻り鉢巻きをした丸刈りの男が、仏頂面を保ったままで彼女の前にある皿を取り上げると、そのままぼく達と男の間にある大きな正方形の鍋からウインナーを取り出して、それを皿の上に置いた。
何という名前かは忘れたけれど、かつて島国で食べられた煮込み料理らしい。三級市民からすれば生肉なんて食べられるような衛生環境にないため、こうやって必ず加熱調理をしなければならない。だからこういう煮込み料理が店を出すケースが多いんだよな。安く食材を仕入れられるらしいし。ただ、あんまり安過ぎるとそれはそれで怖いんだけれど。
「ライトはね、心配し過ぎなんだよ。安いもんは安いなりに美味いのさ。そりゃ、高いもんは高いなりに美味い……らしいけれどね? 食べたことはないけれど」
ないのかよ。
ってことは今言った事実も推定によるもの、ということで良いのだろうか。
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