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言っていなかったけれど、メアリことメアリ=スチュアートはぼくの数少ない友人であり、腐れ縁であり、悪友であり、探偵である。
昔ながらの言い方で言えば、私立探偵。
しかしながら、さっきも言った通りベーシックインカムが罷り通っているので、あくまで本業ではなく副業という扱いだ。昔は法律の観点から、超えてはいけないラインってものがあったらしくて、それを超えちゃうと税金に纏わるややこしいやりとりをしなければならないらしいのだが、そんなものはさっさと何処かに消えてしまったもので、この時代においてはそんな規則など消え去ってしまっている。
働きたいのならば、働けば良い。
ただし、必要最低限の生活だけは保証してくれる。
そういう訳でこの世の中では、ぼくのような唐変木でも何とか生活出来るようになってしまっている。――大変有難いといえば有難いのだけれど、この世の中でも問題はないのだろうか? 一級市民はもっと仕事をしているイメージなんて全く出来ないけれど。
「……で、この子がそうなの?」
メアリの言葉を聞いてぼくは頷く。ぼくの服を着せているものの、ぼくの服のサイズが彼女の服のサイズとイコールになる訳はないので(可能性はあるけれど)、ぶかぶかになっている感じが目立っている。……何と言うんだっけ、これ? 彼シャツ?
「古い文化のことを言うのは別に構わないのだけれど……、ねえ、彼女、どうして無表情を貫いている訳? 何か理由でもあるのかしら」
「知るか、そんなの」
それは、彼女に聞いてくれよ。
ぼくに言われたって、サイコメトリーじゃないんだぞ。
「まあ、それをライトにいったところで 何も解決しないのだから、さっさとわたしはそれを訊くことしか出来ない訳であって」
分かっているじゃないか。
分かっているなら、さっさとやって欲しいものだ。それが探偵の仕事であり、それが探偵の性分なのだろうから。ぼくは探偵の仕事については全く門外漢ではあるけれど、しかしながら、こちらから報酬を提示しているのだから、ある程度の融通は利いてもらわないと困る。
ぼくはそう思いながらも、メアリと少女に目線を移す。
「……あなたは何処から来たの? 覚えていること、何か一つでもないかな」
「……おぼえて……いること?」
やはり未だぼうっとしたような、間延びしたような話し方は直っていないようだった。それが彼女の標準といったところなのだろうか? 仮にそうだとしたら、人によっては苛立ちを抑えられないことになりかねないだろうな、とぼくは思った。ぼく? ぼくは心が広いからね、それぐらいじゃ全然怒ることなんてしないよ。ぼくの心は女神のように慈悲深いのだ。
「今や何処の誰が崇拝しているかすら分からない、名前も分からない女神様のことを言われても困るし。きっとそれは女神様だってそう思っているよ」
「分からないだろ、それは。きっと女神様は信心深いと思っているだろうよ。だって、この世界で女神のことを知っている人間はどれぐらい居るんだ? 学者でも知らないだろうし、為政者なら猶更知らないだろうな。為政者はきっと宗教なんて毛嫌いしているだろうし」
「どうして?」
「為政者ってのはどの時代でも自分を第一だと思うもんじゃないか? ぼくはそう思う訳だよ。だから、為政者からしてみれば、神様ってのは一番不要な存在だ。だからこの街でも、教会はないじゃないか。第三都市に教会があるなんて聞いたことがあるけれど、何処までほんとうなんだろうね? 仮にほんとうに為政者が宗教を嫌っていたら、それも撤廃しそうなものだし……」
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