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「うわぁ、ミーラ様! 凄いです! 僕、こんな美味しいもの今まで食べたことないですよ!」  その後、あまりにもすることがなくソワソワしてしまったため、夕食を作ると提案したミーラ。オニキスは快くミーラの提案を受け入れてくれた。ちなみにゼシルは地下に引きこもっているらしい。オニキス曰く、一日の大半を彼は地下で過ごしているという。  ひとまず、ミーラが夕食として作ったのはジャッカロープの野菜スープだ。ジャッカロープとは翼をもつ兎のこと。野菜はマンドラゴラの葉を始めとする豊富な種類が揃っていたため、具沢山のスープを作ることができた(オニキス曰く、広い裏庭では野菜を栽培しているらしい)。  だが、ここで問題なのは味付けだ。なんと今まで、この城での食生活には味付けという概念はなかったらしい。ゼシルもオニキスも料理の知識がなく、味にもこだわりがなかった故だとはいうが……長年生野菜だけで生活していたことを考えると、なんとも言えない気持ちになる。  ミーラは心の中で「第一の課題は調味料の調達」であることをしっかり心に刻み、ひとまず実家から持ってきていた辛みのある薬草をスパイス替わりにスープに浸したのだ。勿論、それだけでは味は薄いが、無味よりは幾分か美味しくできたはず。 (流石にキッチンは綺麗にしていてくれて助かったわね……。明日から城の掃除も頑張らないと)  ミーラはゼシルの分のスープを注ぎながら、そんなことを考える。パッとオニキスを見ると、彼は既にスープを食べ終わっており、おかわりはまだか、と目を輝かせていた。本当に一国の王の側近なのだろうか、と疑いたくなるが、そんな明るい彼の態度に救われている部分もあるので何も言わない。 「オニキスさん、ゼシル様にスープを持って行ってくれる?」 「オニキスでいいですよ。親愛の印にぜひそう呼んでください。あぁ、それに夕食はミーラ様が持って行ってくださらなきゃ。その方がゼシル様も絶対喜びますから」  オニキスはそう言って譲らなかった。  仕方なく案内を頼むと、連れて行かれたのはミストリア魔法学園の図書館と同じくらい広い書斎だった。 「わぁ、素敵! これ全部魔導書?」 「はい。ゼシル様は魔法オタクですからね。毎日魔導書を読みふけっているんですよ。たまに噛みついてくる魔導書もあるので気を付けてくださいね」 「噛み……? えぇ、今、なんて?」  ゼシルの書斎では、様々な魔導書がぷかぷかと浮かんだり、自分で定位置に戻ったり、ヤンチャな本に至っては鳥かごの中で暴れたりしている。ミーラは自身より背の高い本の塔を倒さないように気を付けて歩いた。 「ねぇ、オニキス。ゼシル様はどうしてこんなに魔法を学んでいるの? それに思ったんだけどゼシル様って私と同じくらいの年よね? 確かアクリウスにも魔法学園があると聞いたことがあるのだけど、ゼシル様はそこには通われないの?」 「二つ目の質問から答えますが、理由は貴女と同じですよ。追い出されたんです。理由は言わなくても分かりますよね」 「!」  ミーラの足がピタリと止まる。オニキスはミーラに振り向かないまま、言葉を続けた。 「ゼシル様なりに、努力はされたんですよ。でも、駄目でした。心が折れたゼシル様はこうして心を閉ざしてしまって、ゼシル様の母上の実家だったこの古城から一歩も出なくなりました」 「……、」 「一つ目の質問について。これはゼシル様本人に聞いてください。あまり僕から話してしまうとお二人間の話題がなくなってしまいますから」  すると、オニキスの足が止まる。たどり着いたのは最奥の本棚。 「この書斎には地下に繋がる隠し通路があります。よくある仕掛けでしょう?」  オニキスが何か呪文を呟くと、その本棚が鈍い音を立てて左右に開き、地下へ降りる階段が現れた。唖然とするミーラをオニキスの翡翠の瞳が射抜く。さっきまでの陽気な彼とは思えない、真剣な顔つきだった。 「ミーラ様。どうか、ゼシル殿下を……どうか、よろしくお願いします」  とだけ、震える声で彼は言った。  ミーラは「食事を持っていくだけで?」と疑問に思ったが、ひとまず頷く。そうして、そのまま真っ暗な地下への道を降りていった。オニキスは追従してこなかった。  地下は換気をしていないせいか、書斎よりも埃と古本の匂いが濃かった。暗闇だからこそ、壁のあちこちで輝きを放つ魔法陣がよく目立つ。あの魔法陣一つ一つに何かしらの仕掛けがあるのだろうか。  暗闇の中には一つの大きな扉が見える。静かに、その扉をほんの少しだけ開けてみると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。ミーラはそのまま音をたてずに部屋へ入る。この部屋も書斎と同じようにとても散らかっていた。魔法陣や呪文を書きなぐった羊皮紙で床が埋まっており、魔法の実験でもしていたのか、ところどころ焦げた羊皮紙やコートも散見される。  ミーラはひとまず、散らかった羊皮紙を端に寄せ、テーブルの上にスープを乗せたトレーを乗せる。 「まさか寝ているなんてね。スープが冷めちゃうかしら……」  古いソファに横になる巨体をチラリと見た。好奇心が疼き、そっと近寄ってみるとそこには骸骨頭が鎮座している。剥き出しの歯の隙間から呼吸音が聞こえた。 (これで呼吸をしているのだから、魔族って不思議ね……。でもオニキスの話からして、ゼシル様は魔族の中でも異質の存在なのかしら。確かに今まで人型の魔族しか私も見たことがない。ゼシル様はどうして、骸骨頭なんだろう。体は……地下生活を送っているとは思えない筋肉質な真っ黒い肌が見える。完全な骸骨(スケルトン)ってわけではないのね……)  珍しいゼシルの生態に興味津々のミーラ。その時だ。 「──何をしている」 「きゃっ!? お、起きてらしたの!?」  ミーラは突然ゼシルの眼窩に赤い光が宿ったことに驚き、飛び跳ねる。ゼシルは頭を抱え、どこかぼんやりとした声色だった。 「たった今な。そんなに見つめられると、それは起きるだろう」 「も、申し訳ございません! 夕食をお持ちしたら、眠っていらしたからつい……。ご不快な思いをさせてしまいましたね」 「別にいい。どうせ俺の醜さに言葉を失っていたんだろう」  ゼシルの自虐にミーラがピクリと反応する。出会った当初から思っていたが、ゼシルはこのような自虐が多い。ここはひとつはっきり伝えるべきだろう。 「ゼシル様。そんなことを言わないでください。私はゼシル様を醜いなんて思っていません。そもそも私だって今まで白豚だの駄肉だの言われてきた側の人間です。……散々自分が苦しめられたことを、他人にしたりしませんよ」 「……すまない。癖なんだ」  ゼシルは意外にも素直に謝罪した。自虐が癖になってしまうのは、分かる。ミーラも思わず出てしまう癖だ。ならばこれ以上責める権利はミーラにはなかった。  話を変えて、テーブルの上のスープをゼシルに差し出す。 「そんなことよりゼシル様! 夕食を作ってみたのです。よろしければ、食べませんか? 具だくさんの野菜スープです」  ゼシルの鼻(鼻はないのだが)を温かい湯気がくすぐる。ゴクリと唾を飲み、ゼシルはミーラに渡された野菜スープを一口、恐る恐る口に入れた。 「────、」  ピタリ、と動きを止めたかと思うと今度は一気にスープを飲み干そうとするゼシル。ミーラは慌ててそんなゼシルを止めようとするが、遅かった。ゼシルが咳きこんで、その巨体を揺らす。ミーラはハンカチを取り出し、ゼシルの口にそれを宛がった。 「もう、そんなに一気に食べるとそうなりますよ! これは綺麗なハンカチですから、これで拭いてくださいませ!」 「ッ!」  ハッとした時にはもう遅い。気づいた時には二人の距離が一気に近づいていた。ミーラは思わず顔を背け、「し、失礼しました!」と一歩後ろに下がる。ゼシルもゼシルで「いや……」とだけ言い、またミーラ特製のスープを啜った。  なんとも気まずい沈黙だ。だが、居心地が悪いわけではなかった。むしろ、その逆で── 「……君の趣味はなんだ」  スープを飲み終えたゼシルが、ポツリと呟く。ミーラは目を丸くした。初めて、ゼシルの方からミーラへ一歩歩み寄ってくれた瞬間だったからだ。口元が緩む。 「趣味は料理と、私に宿された(マリア)の魔法……治癒魔法の研究です。怪我の回復だけではなく、消毒や浄化等幅広いことに役立てたくて、薬草に私の魔力を混ぜてみたり、色々試しているんですよ。ゼシル様は?」 「俺も君と似たようなものだろう。ひたすら魔導書を読み、新たな呪文を発明し、試している」 「ふふ、そのようですね。ゼシル様さえよかったら私に魔導書を貸してくださいませんか? 治癒魔法の研究に役立つかもしれません」 「あぁ。まずは解読が簡単なものから選んで渡そう。その方が理解が早いと思う」 「ありがとうございます」  少しずつ柔らかくなっていく空気にミーラはずっと気になっていたことを尋ねる。 「ゼシル様はどうしてそこまで熱心に魔法を研究しているのですか?」  ゼシルの動きがピタリと止まる。コツコツと何かを言おうとしているのか、歯がぶつかる音が聞こえるが、言葉が出ないようだ。この質問は、まだ早かっただろうか。 「申し訳ございません。無理して応える必要は、」 「──母の顔を思い出すためだ」  母。その言葉にミーラは目を見開く。ゼシルの眼窩(がんか)の赤い光がゆりかごのように優しく揺らいでいる。どうやら感情によって揺らぎ方が変わるようだ。 「俺はな、今はこんな姿をしているが元は君と変わらないような人の姿だったんだ。だが、現アクリウスの国王──つまり俺の実父に古の呪いを掛けられ、こんな姿になった」 「実の御父上に? 何故そんなことを、」 「俺が愛を知らないようにだ。こんな姿の俺を愛する者などこの世にいないだろう? ただでさえ厄介な魔法を抱えているというのに」  コツコツとまた歯がぶつかる音が聞こえた。今のゼシルに顔があったならば、きっと自嘲しているのだろう。 「愛を知ると弱くなる。それが父の持論だった。だから、父は母を失って泣いていた幼い俺に呪いをかけた。いずれ魔王になる俺が弱くならないようにと」 「……そんな、」  ミーラはなんて返したらいいか分からず、唇を噛み締める。ゼシルは俯き、テーブルにあった手鏡で己の顔を見つめた。 「母は俺が幼い頃に亡くなったから、もう母の顔は思い出せない。だから俺は、自分の本当の姿を取り戻したいんだ。俺は母親似だからな。きっと本当の自分の姿を見れば、母の顔だって思い出せるはずなんだ。母からもらった目を、耳を、鼻を……全てを取り戻したい。それが俺の夢だ」 「夢……」 「君にも夢があるんだろう? だから治癒魔法を極めている。そうなんだろう。何故か分かるんだ。君と俺はよく似ている」  ゼシルの言葉にミーラは頷く。 「私の両親は幼い頃に亡くなりました。私を守って、私の目の前で。私は、その時に既にMの魔法名を宿していながら、何もできなかった」  ミーラの身体が震える。ぎゅっと目を瞑り、黙る。だけど、自分の辛い過去を話してくれたゼシルの好意に応えたくて、話を続けた。 「後から気づきました。私の治癒魔法には他の魔法使いが持つ量の何倍もの魔力がいるんだと。そして私はその大量の魔力を脂肪として貯蓄できる特殊体質なのだと。だから、私は……白豚と呼ばれようとも、なんと言われようともこの姿でいないと安心できないのです。また魔力不足で、目の前の誰かを見殺しにしてしまうんじゃないかって、不安で、不安で仕方なくなって……」  涙が頬を伝う。その輝きにゼシルは見惚れた。 「私の夢は、治癒魔法を極めた先にいくことです。神の力にも及ぶ伝説の“蘇生魔法”。それで、両親に、少しでもいいから会いたい……ほんの数秒でも構わないから、もう一度……」  ミーラは今までこの夢のことを誰にも話したことはなかった。ルイスにも、クラスメイトにも。誰にも話せなかったのだ。きっとゼシルだから打ち明けることができたのだろうと理解する。ゼシルの言う通り、ミーラと彼はよく似ている気がするのだ。過去も、境遇も、夢も。  ゼシルがそっとミーラの腰を指先の骨が剥き出しになっている手で引き寄せた。思わず涙を流すのをやめ、顔を上げるミーラ。 「ミーラ、いいことを思いついた。俺と君は今から()()()()になろう」 「研究仲間?」 「そうだ。君も俺も魔法の研究が趣味だろう。ならば、お互いの知識を語り合い、一緒に実験していけば、お互いの夢にもっと近づけるんじゃないか?」 「……でも、ゼシル様。ふふふ、私達、婚約者なのですよ?」 「正直いきなり婚約者と言われても実感がない。それに前も言ったが父上は『愛は人を弱くする』という持論を持つ魔族だ。そんな父上が俺に婚約者を宛がうのも不気味だろう。何か企んでるに決まってる。だがそれはそれとしてミーラ、君とは気が合いそうだ。故に婚約者ではあるが、まずは研究仲間から始めてみないか?」 「ふふ。そうですね。確かにその方が私もしっくりくる気がします」 「そうだろう? では改めてよろしく。ミーラ」 「はい。よろしくおねがいします、ゼシル様」  すると二人はそっと互いに手を伸ばし、控えめな握手を交わした。ゼシルの顔はないが、きっと今は照れ臭そうに笑ってくれているんだろうなとミーラは想像した。  それから、ひとまずは“研究仲間”として二人は共に過ごすことになる。  ──ある日は、古城の大掃除を。  長年手入れされていない古城をオニキスも含め三人で手入れを始める。だが勿論人手が足りないので、ゼシルが召喚した影人間達にも手伝ってもらい、散らかった羊皮紙の整理等を進めていく。不用心なオニキスがゼシルの落書きの魔法陣にうっかり触れ、肌が緑色になって泣きわめいていたのは今でもいい思い出だ。  ──ある日は、森の魔物達との交流を。  ゼシルの古城は森林のど真ん中に位置している。ゼシルの闇魔法の気配を感じてすっかり魔物達は寄り付かなくなっていたが、ミーラが弱っている魔物を浄化したり治癒したりを繰り返すことによって、森の魔物達にとって古城は救急病院のような存在だと認識されてしまったようだ。その影響で今では古城の周りにも魔物達が住み着き、寂れた古城が騒がしくなりつつあった。  ──ある日は、魔法の実験を。  薬草にミーラの治癒魔法の魔力を極限まで流し込むことで、強い解呪効果を付与する実験をした。これは流した魔力が強すぎたのか、はたまた薬草と魔力の相性が悪かったのか、薬草が怪物化してしまう。しかもオニキスが危うく怪物草に喰われようとしたので大失敗だった。  こんな日々を過ごしていくうちに、似た者同士なミーラとゼシルはまるでそれが運命かのように、次第に惹かれ合っていく。しかし、「研究仲間」という位置づけを敢えて設定したせいで、改めて告白するのも恥ずかしく、どうにも一歩進めない曖昧な関係になってしまったのだ。  そんな時だった。 「アレアス陛下がこの古城に来訪なさるですって!?」 「はい。なんでも、ミーラ様が普段どんな生活をしているか確認したいのだとか」  アレアスとはミストリア王国の現国王、つまりはルイスの父である。ミーラの父とアレアスは大親友だったこともあり、彼はミーラのことを実の娘のように可愛がってくれた。ミーラの容姿についても「君の思うようにすればいい」と唯一言ってくれた人物だった。  そんな国王がこの城を訪れるというのだから、ミーラは胸がじんわりと温かくなった。だが、オニキスはあまり嬉しくなさそうである。  その答えはすぐに分かった。 「ただ、その……どうやら来訪には王太子とその婚約者もついてくるようで……」 「…………、」 「ゼシル様?」  オニキスの報せを聞いた途端、ゼシルが立ち上がる。そして夕食の途中だというのに「しばらく独りにしてくれ」という言葉だけを残し、地下へ降りて行った。  ミーラは機嫌の悪そうな彼に首を傾げる。もう一年も一緒に過ごしていれば、彼に顔などなくても機嫌がよいか悪いかの判断くらいはできるようになった。 「どうかしたのかしら」 「複雑な男心ってやつですかねぇ」  オニキスは「しばらく放っておいてあげましょう」と言っていたので、ミーラはそのままゼシルを独りにすることにした。  そうして、ゼシル不在のままミーラは大掃除の日々を送り──国王来訪の日を迎える。  当日になっても相変わらず地下にこもったままのゼシルを心配して、ミーラは地下へ降りた。  しかしゼシルの部屋は固く閉ざされたままだった。 「ゼシル様? 大丈夫ですか? 今日はミストリアの国王が来城なさる日です。貴方も勿論国王様を出迎えてくれないと悲しいですわ」  声は返って来ない。ミーラはため息をこぼす。 「ミストリア国王陛下は私の恩人なのです。だからこそ、貴方を紹介したいんですゼシル様。よければ出て来てくれないかしら? もうすぐ国王陛下がいらっしゃるの」 「…………、」  こつ、こつと革靴の足音が聞こえた。そうしてギギギと不気味な音をたてて、ようやくゼシルの私室の扉が開いた。  そこにいたのは心なしかげっそりと痩せたような気がするゼシルの姿。とはいっても、骸骨頭だから分かりづらいのだが。彼はフラフラとミーラに近寄ると、その両肩を掴んだ。ミーラはキョトンとゼシルを見上げる。 「……君は、」  ゼシルの声は枯れていた。 「君は、まだあの男のことを想っていたりしないだろうな?」 「はい??」  ミーラは思わず素っ頓狂な声を上げる。瞬きを繰り返し、思考を巡らせると──一つだけ、ゼシルがどうしてこんなにも不機嫌なのかという疑問の回答が分かった気がした。頬に熱がこもった。 (え、嘘? それって、まさか──)  ゼシルは顔を赤くするミーラの横を通り過ぎ、「身支度をしよう」とだけ言い残した。  ミーラはその後ろ姿をぽぉっと見守ることしかできない。 (嫉妬、してくれたのかしら。ゼシル様が、ルイス様に?)  ミーラは己の柔らかい両頬を両手で包む。案の定、熱い。 (それって、そういうこと? でも本当にそうだとして、こんなにも期待してしまう私もゼシル様のこと──!)  その時、だ。  上の書斎からオニキスの叫び声が聞こえた。 「ミーラ様、大変です!! ミストリア国王が乗る馬車が何者かに襲われたとの情報が!!」 「ッッ!?」  ミーラは瞬時にその場を駆けだす。ぜぇはぁと息を荒げながら、オニキスの下へ向かった。 「オニキス! 国王陛下は!? 国王陛下は無事なの!?」 「森の魔物達によると、現在も襲われているようです! 早く助けに行きましょう! ゼシル殿下、聞こえてますね!?」  オニキスの声に合わせ、足元から楕円形の影が現れ、ゼシルがぬっと顔を出した。ミーラの瞳には既に涙が浮かんでいる。その涙を見て、ゼシルはミーラの身体を優しく引き寄せた。 「安心しろ。君と君の大切な人は俺が守る」 「……はい、」  その言葉が、どれだけ嬉しかったか。  ミーラもゼシルの腰に腕を回し、そのまま楕円形の闇へ沈んでいった。
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