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「うわあああああああああああああああああ!!」 「た、た、助けてくれぇ……いてぇよぉ、いてぇよぉ……」 「誰か、誰かアタシを助けなさいよ! アタシはただ、あの白豚がどんな惨めな生活を送ってるか見たかっただけなのにぃいいいいいい!!」  次に目を開けた時、ミーラは目を疑った。  毒で手足が溶けている者、皮膚を雑に食いちぎられている者、今なお魔物に追われている者──よくみたら、これはアンジュだった──など、そこは阿鼻叫喚だった。国王一行を襲っているのはどうやら猛毒を持つ人喰い鷹のアシッドホークの群れのようだ。  ゼシルがその目の光を滾らせ、ミーラの肩を抱き、空に手を掲げる。 「不快だ。彼女におぞましいものを見せるな、害獣め!」  ゼシルの掲げられた手から溢れるのは漆黒──それは、見える“死”。  その闇に包まれた人喰い鷹達は次々に落下し、痙攣を繰り返し、死んでいく。異変に気付いた残りの鷹達が慌てて飛び去って行った。  しかしこれで一安心ではない。既に重症を負った兵士が数名、地面に倒れている。そして── 「み、みぃ、ら……」  すぐ傍で、聞きなれた声がした。大木の根本だ。ミーラがそちらへ向かうと、思わず身体が硬直してしまう。  そこには、ルイスと国王がいた。ルイスは体中に噛み傷から血を流している。彼も十分重傷だが、もっと酷いのはアレアス国王の方だった。  アレアスに至ってはもはや、虫の息だ。ルイス以上の噛み傷から信じられない程の血が流れてしまっている。その上、全身がアシッドホークの猛毒に犯され、肌が紫色に変色していた。  ルイスが涙を流し、ミーラを見上げる。 「父、上が……僕を庇って……! 頼む、助けてくれ……ミーラ!」  助けてくれ。その言葉を何度も繰り返すルイスに、強く拳を握り締める。 「助けますわよ! そのための、“白豚”なんですから!」  ミーラは傍らのゼシルを見上げた。 「ゼシル様! お願いします、手伝ってくださいませ! 今から私の周りに重症な人達を順に並べてくれる!? 私が一斉に治癒魔法をかけます!」 「分かった」  ゼシルの返答を聞くなり、ミーラは目を瞑り、精神を集中する。  目を瞑れば、いつも思い出すのはあの時のこと。  Mの魔法名を授かったのにも関わらず、治癒魔法が発動しなかったあの日。  血だらけの両親を、目の前で失ったあの日。  絶望に沈んだミーラは決意したのだ。もう誰も、目の前で死なせない、と。    故に、ミーラが今まで貯めた魔力を、今この場で、消費する──! 「──“(マリア)”の名の下に命ずる。癒せ(ヒーム)──!」  その瞬間、閃光がその場を包んだ。その光に宛てられた者達は皆が体に大量の熱が流れ込んでくる感覚を覚える。 「うっ、ううぅっ……!! ひ、癒せ(ヒーム)……!」  追加詠唱しつつ、ミーラはハッハッと必死に呼吸する。まだ呪文を唱えたばかりだというのに酷く汗を掻いていた。刃物で切られたような痛みが全身に走る。  治癒魔法は強力な魔法だ。だからこそ、ミーラの身体に大きな負担がかかる。心臓が今にも破裂しそうなほどに暴れていた。だが、手ごたえがある。それだけでいい。 (何回呪文を唱えても、何もできなかったあの時よりは、ずっといい……!)  ミーラはそう心の中で吠える。  しかし、身体の方は── 「!?」  ガクン、と身体が地面に伏す。一人を癒すだけでも大変だというのに、数人、しかもどれも重症の者達を一気に癒すという無茶に身体の方が追い付けない。  指一本も動かせず、ミーラは涙を浮かべる。 (ああ、私は、私は、また──!)  ──と、そこでミーラの身体を支える者が一人。 「あまり無茶をするな」 「ゼシル、様……」  ミーラはゼシルの骸骨頭を見上げる。悔しさで涙が止まらない。 「まだ魔力が、魔力が足りないのです……! こんなに重症な人達を沢山治すのは初めてだから……! 皆、助けたいのに……! 私、また、ハァッ、ハァッ、助けられな──」  ハッハッと異常な呼吸を見せるミーラ。完全にパニックになっていた。その額にゼシルが己の額をコツンをぶつける。固い骨の感触がミーラを我に返らせた。ミーラの呼吸が、戻ってくる。 「落ち着くんだミーラ。今はあの時とは違う。今に君には俺がいる。そうだろう?」 「でも、魔力、が、」 「……大丈夫だ、手はある。こんな形で君に渡したくなかったが──」  ゼシルがそっと胸元から赤い何かを取り出す。それは深紅の宝石がついた指輪だった。ゼシルはその指輪をミーラの指にはめる。──左手の、薬指に。  その瞬間、ミーラの身体中が一気に熱くなった。 「魔族は己の魔力でできた魔石の指輪を婚約者に送る。そうして、番になった魔族同士は魔力を分け合うことができるんだ。随分前から君に内緒で作っていたんだが。……まぁ、なにはともあれこれで俺の魔力を君に分けることができる。俺の魔力を、君ならいくらでも使ってくれて構わない」 「ッ!」 「──君の身体も俺がこのまま支える。だから、ミーラ。君は君の信念を貫くんだ」 「……はい、ゼシル様!」  ミーラは泣きながら、口角を上げる。さきほどまであんなに失敗に怯えていたのに、今もう恐怖を感じなかった。呼吸も安定し、無敵になった気分だった。 (誰かに支えられることが、こんなに心強いことだったなんて──)  故に、ミーラは再度唱える。自分に宿った、目の前の命を救える、奇跡の魔法を。 「──Mの名の元に命ずるッ! ──癒しつくせ(ヒムレシオン)──!!」  その瞬間、さきほどよりも強い、目が焼けてしまうような閃光がその場を覆いつくした。  体の力が一気に抜ける。今度こそ、もう動けない。全身に筋肉痛のような痛みが走り、呼吸さえ痛かった。ゼシルに支えてもらっていなければ意識すら投げていたかもしれない。 「ゼシル様、国王陛下、は……重症の、皆さんは……」 「あぁ……」  ゼシルがそっと国王の呼吸を確認する。穏やかな寝息を感じた。 「一番重症の国王も生きている! 他の皆も全ての傷は治っていないが、命に別状はないだろう」 「────!」  それを聞いた瞬間、ミーラの瞳から喜びの涙が溢れた。その涙をゼシルの骨の指がそっと掬う。 「よくやったな。奇跡の集団治癒魔法か。また一歩夢に近づいたじゃないか」 「ふふ。ゼシル様の、おかげ、ですよ……。ゼシル様が、この指輪をはめてくださったから……」 「今更だがこの指輪、受け取ってくれるか?」 「はい。勿論です、ゼシル様。ずっと貴方の傍にいさせてください。貴方が今私を支えてくれたように、貴方の夢を、私も支えたいのです……!」  二人は微笑み合う。しかしそんな二人の雰囲気を壊す者が一人。 「嗚呼、嗚呼──! ミーラ! 僕の愛しのミーラだぁ!!」  今まで国王を案じていたはずのルイスが急に号泣しながら、そんなことを叫びだしたのだ。これにはゼシルもきつく両眉を寄せ、ミーラを自分の胸に抱き寄せた。 「帰ってきてくれたんだね、僕のミーラ! 君ならきっと戻ってきてくれるって信じてた!」 「……?」  ミーラはルイスの支離滅裂な言動に眉を顰める。しかし、自分の身体の異変に気付いてからその意味を知った。  今の集団治癒魔法で、ミーラは己の中に貯蓄している魔力を全て放出した。  つまり、それは── 「おい、あれって──なんて、美しいんだ……! まるで女神のようだ!」 「嘘でしょ、あれが……“白豚”のミーラ……?」  ──ミーラが本来の姿に戻ったということ。  周囲の兵士達がミーラの美貌にざわざわと騒ぎ始める。特にルイスは顔を真っ赤にして、鼻息を荒げてミーラに迫ってきた。 「ミーラ! やはり僕には君しかいない! もう一度、婚約を──」 「ふざけるな、クソ野郎が!」  ゼシルの眼窩の赤い光がギラリと輝く。次の瞬間、何かの魔法陣が書かれた羊皮紙をルイスの顔面に張り付けた。 「う、うわああああああああああああああ! な、なんだよこれ!! 痒い! 痛い! 痒いぃ!」 「全身が水虫になる魔法陣だ。一週間続く。これで少しは反省していろ!」 「ゼシル様。そんなしょうもない魔法作るの上手いですわよね……」  痒みで転げまわるルイスと得意げなゼシル。ミーラはため息を一つ溢すと、声が聞こえた。 「み、ミーラ……」 「ッ! 国王陛下!」  アレアスが目を覚ましていた。まだ傷は完全に癒えていないので、苦しそうではあるが話すことはできる。ミーラは再びこうしてアレアスと話すことができ、鼻の奥がつぅんとした。 「あり、がとう。……君が余を治してくれたのだろう」 「そんな、貴方を救えたことを誇りに思います、陛下。それに私だけではありませんよ。ゼシル様が支えてくれたから私は奇跡を起こせたんです」  ミーラはゼシルの手を握る。お互いを見つめ合い、身体を寄せ合う二人にアレアスは嬉しそうに笑った。 「よかった、君は独りじゃなかったのか。本当に、よかった……」  アレアスの言葉にミーラは強く頷く。 「はい、国王陛下。私にはもう、誰よりも大切な婚約者(ゼシル様)がいます。今、とっても幸せですわ!」  ミーラの言葉にドキリと飛び跳ねるゼシル。幸せそうに微笑むミーラ。  そんな彼女の左手の薬指には曇り一つない深紅の光が燦然と照り輝いていた……。
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