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画面越しのメッセージ
中堅音楽事務所からソロデビューした唯は、その秘められていた実力から瞬く間にメジャーな存在になろうとしていた。
ある日のこと。夕御飯を食べ終えてぼんやりと部屋でテレビを観ていた咲は、毎週やっている歌番組の中に唯の姿を見つけた。
唯はスーツ姿で黒いサングラスがトレードマークの司会者の隣に座って、歌の前の軽いインタビューを受けていた。
『今日は新曲を披露してくれるんだって?』
『はい』
『どんな感じの曲なの?』
『デビューしたばかりの頃の気持ちを歌にしてみたんです。あの頃はまだそれほど仕事もなくて、だからアルバイトばっかりしていたんですけれど、アルバイトをすればするほど、自分が一体何をしたいのか分からなくなっちゃって、すっごい鬱っぽくなっちゃったんですよ。
でもある時、たまたま通りかかったレストランの中で、学生の頃に一緒にバンドをやっていた友だちが一生懸命働いている姿を見たんですよ。彼女、すごく素敵な笑顔でお客さんに話しかけていて、そんな姿を見ていたら、ああ、私も頑張らなくちゃって急に思って、その時のそんな気持ちを歌にしてみたんです』
『じゃあ、この曲って、一番聴いてほしい相手は』
『はい。学生の頃に一緒にバンドをやっていた友だちですね』
『わかりました。では、歌っていただきましょう。『タイムカード』です』
イントロが流れ始める。
私の目はもうテレビに釘付けになっていた。
唯が私の働く姿を外から見ていた? ありえないことではない。
素敵な笑顔でお客さんに話しかけていた? それは違う。それは作り物の笑顔だ。本当は私も辛く辛くてたまらなかった。
辛くてたまらなかったんだよ、唯。
唯の歌声が聴こえてくる。いつも隣りで聞いていた声。いつも私を励ましてくれていた声。
私ばかりが励まされているのかと思っていた。私はいつだって彼女の役に立てていないのだと思っていた。
そして違う道を進むようになってから、私のことなんて、もう彼女の頭の片隅にも存在していないのだと思っていた。
だけど違った。
彼女はギリギリまで待っていてくれた。そんな彼女の気持ちに私は答えてあげることができなかったけれど、それでも彼女は私のことを思っていてくれた。
嬉しい。とても嬉しい。
テレビの中の唯はスポットライトを一身に浴びて輝いていた。
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