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夢、破れて
タイムカードを押してお店を出たときには、午前零時を回っていた。
大学を卒業して一年半。立花咲はいくつかのバイトを掛け持ちしながら何とか食いつないでいる。
ケータイをみれば、また母親からの留守電。『さっさとちゃんとした会社に就職しろ』とか『お金に困っているなら実家に帰って来い』といういつもの忠告が吹き込まれているであろうことは想像に難くなかった。
再生ボタンを押すことなく削除する。そして空いた小腹を満足させるために食べ物を求めてコンビニに入る。それはいつもの日課だった。
私は一体何がしたいんだろう。
時折、今の自分を振り返る。
大学までは良かった。不景気だったし、就職活動で苦労している友だちを見ていたし、まだ遊んでいたかった。特に目標めいたものなんてなくても、大学にさえ通っていればみんなと同じで、今の自分は間違っていないと思うことができた。そして何よりも大学生活が楽しかった。
唯。特に彼女の存在が大きかった。
彼女とは大学のサークル仲間と行ったカラオケボックスで知り合った。
歌声を誉められ、彼女がギター一本を持って駅前で歌っていることを知らされ、そしてコンビでのバンド活動に誘われた。
彼女のギターの音は好きだった。楽器演奏なんて学校のピアニカくらいしか経験がなかった私にとって、彼女の情熱的な調べは単調になっていってしまう可能性のあった日常をダイナミックに変えてくれた。
遅くまで練習するのは苦でなかったし、ライブハウスの中で大声で歌うことが楽しかった。私たちは最高。私たちならどこまでも高みを目指して飛んでいける。自然とそんな感情に駆られていた。
だけど、唯は違っていた。
彼女の目標は、浮かれ気味の私なんかよりも遥かに高くて、それゆえにシビアだった。だからいつの間にか、二人の間にはとても深い埋めようのない溝が出来てしまっていた。
決定的だったのが、お忍びでライブに来ていた音楽プロデューサーの目に止まったのが、唯だけだったこと。
唯は表立ってはコンビでのデビューを希望していた。だけど、もちろん本心は違っていた。
勝手に舞い上がって、傲り高ぶって、パートナーの忠告すら気に留めなくなっていた私を、大学卒業まであと二ヶ月を残すまでになったところで、彼女は冷酷に切り捨てた。
『このまま続けていても私たちは変わっていけない。だから私は一人で頑張ってみようと思う』
それは夢の終わりだった。
就職活動なんてしなくても、このまま二人で音楽を続けて色んなレコード会社にアピールしていけば、豊かで楽しい生活を手に入れられる。
そんな安易な夢は簡単に打ち砕かれ、私は冷たい現実に放り出された。
私たちが凄かったんじゃない。彼女が凄かったんだ。彼女が私の気づかないところで頑張り続けて、融通を効かせて、協力してくれるスタッフへの気配りなどを続けていたから、多くの人たちが笑顔で楽しめていたんだ。
彼女が去って、私はやっとそのことに気づいた。そして改めて私は知ることになった。
自分には音楽の才能なんてこれっぽっちもなかったということに。
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