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姉のような人
私は一人っ子だった。
だから兄弟や姉妹というものが分からない。幼い頃には憧れもあった。だけど、いないものはどうしようもない。
代わりに我が儘に育てられたと思う。お菓子の取り合いとか、観たい番組をめぐっての争いとか、一切縁がなかった。そして両親とも優しく過保護気味で、いつだってやりたいようにやらせてくれた。
家を出たのは、そんな両親の傍にいると甘え続けてしまうと思ったから。だけど、そんな独り立ちの引越し費用ですら、親の懐から出してもらっているような有り様だった。
バイトをしてお金を稼ぐようになると、やっと親から解放された気分になった。自分で稼いだお金。誰にも気兼ねすることなく自由に使うことのできるお金。だけど、そんな苦労して稼いだお金の使い道はろくなものではなかった。
思い返してみないでも分かる。自分はあまりにも未熟だった。
唯にコンビの解散を宣言されても仕方がなかった。
「ごめんね。なんか急に呼びつけちゃって」
「とんでもないです。ちょうど冷蔵庫の中が空っぽだったから、とても助かります」
住倉先輩の部屋は綺麗に整理整頓が行き届いていて、シンプルなようだけれど、とっても女の子らしい部屋だと思った。
それに比べて私の部屋は、脱いだ服は脱ぎっぱなし、風邪薬と化粧品と調味料がテーブルの上にごちゃごちゃに乗っかっていたりする有り様だった。
「こんなにたくさんの野菜、いったいどうしたんですか?」
「下の階に住んでるご家族の子どもに好かれちゃって、ご両親が共働きで忙しい時なんかは時々預かってたりしているのよ。そうしたら日頃の御礼ですってたくさんの野菜をいただいたの」
「さすが先輩」
私なんか隣りにどんな人が住んでいるのかさえ知らない。そんな思いがふと浮かび上がったけれど、口に出すのはやめておいた。
先輩が用意してくれた夕御飯は水炊きだった。
鶏肉と豆腐、長ネギに白菜、にんじん。もらったばかりの野菜を早速利用している。
食欲を誘う良い匂いが胃袋を刺激した。
「さぁ、食べましょう」
「あ、私、ビール買ってきたんで飲んでください」
「ありがとう。さすが咲ちゃん、気が効くぅー」
「そんな茶化さないでくださいよ」
なんだか久しぶりに心から笑っているような気がする。
電話してもらえて良かった。私は心から先輩に感謝した。
「良かった。元気そうで」
夕御飯を食べ終わって一段落したところで先輩がぽつりと呟くように言った。
「まだどこにも就職していなくて、バイト生活を続けているって聞いていたから、ちょっと心配していたんだ」
「なんとかやって行けてます」
「今の生活、楽しい?」
「……」
「あ、ごめんね。私、余計なこと言っちゃったよね」
「……くないです」
「……え?」
「全然楽しくなんかないです」
視界がぼやける。恥ずかしくて先輩の顔が見られない。
涙がポツリと一粒零れ落ちた。
どうしよう。泣きたくなんかないのに。今は楽しい時間なのに。作り物の笑顔なんか不要で話せる相手が目の前にいるのに。涙が、自然と溢れてきて、溢れて……。
「いいよ、焦らなくても。今日はじっくりと話、聞いてあげるから」
住倉先輩の言葉はどこまでも優しかった。
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