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1つ、2つ……天井の雨染みも、確かに増えた気がする。
「うーん。どうかなぁ。第一、彼にはその子との縁は感じられないんだけどなぁ」
「そーゆーのは、視えるんですよねぇ」
「私のルーツは道祖神だからね」
道祖神とは、ざっくり言えば地域の守り神だ。外部から悪しき者が侵入するのを防いだり、路傍で旅の安全を見守ってきた。元々は土着信仰の対象であったが、日本神話で道案内の大役を果たした大神、猿田毘古神様と結びつき、五穀豊穣、縁結び、子孫繁栄の神徳を得た。
白狸神社に祀られる私は、背後に鎮座する雪深山で長命を得た白狸であった。ある吹雪の夜、不思議な声に呼ばれて巣穴を出て行くと、雪に足を取られて道に迷った人間が林間に倒れていたので、命じられるまま麓まで案内した。後に、感謝した村人達が、山の麓に小さな祠を建立した。声の主は猿田毘古神様で、この地を見守ることを仰せつかったのだ。
「狸彦様、今年の神議は、いつですか」
江戸時代後期に天変地異と大飢饉が続いた頃、天下泰平、五穀豊穣を願って、祠は社へと姿を変えた。その折、狛狸が設置されたので、我が末裔から2匹の若狸を選出し神使と成した。彼らは馴れ馴れしく「狸彦」などと呼ぶが、私には「白田尾狸命」という正式な名がある。
「あー……確か24日だな」
旧暦の10月10日――神無月には、日本中の神は出雲に集う。ここで7日間かけて、様々な縁結びの話し合いを行う。これは私のような末端に近い下級の神に至るまで、悉く招集がかかる。
「やだなー。気が重いなぁ」
「もー。毎年のことじゃないですか」
「お土産、楽しみにしてますよ」
「……お前達は気楽でいいね」
神議には一張羅を身に着けていく。豊かな神社の神々は、毎年新調した召し物で華やかだ。そんな中、かれこれ20年以上同じ格好で足を運んでおり、今年も然り。見栄を張るつもりはないが、ありありと貧乏を宣伝するようで、なかなかに体裁が悪い。とはいえ贅沢を言えないのは、ご存知の通り。
「いいじゃないですか。年一の出張くらい!」
白狸達は、楽しげにコロコロと笑う。全く、呑気なもんだ。
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