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白狸神社
詰め襟の学生服姿の少年が、ポケットをゴソゴソ探る。取り出した硬貨を一度見詰め、そっと木箱に投げ入れた。それから、少し考えて、頭を2回下げる。
パン……パン……!
『神様、お願いします!』
胸の前で両手を合わせた彼は、ギュッと目を瞑り、心の中で大きく叫ぶ。
『明日の席替えで、白鳥葵さんの隣になりますように!』
パン……!
柏手を1つ打った後、彼はまた少し考え――。
パン……
自信なさげにもう1つ追加すると、頭を深く下げてから、本殿の中を探るように眺めた。2分ほどじっくりと覗き込んだあと、もう一度ペコリと頭を下げると、足元に置いていた鞄を引っさげて踵を返した。参道の玉砂利が渇いた音を立てて遠ざかっていった。
「二礼二拍一礼。最近の若い子は、参拝の作法を親から教わらないのかしら」
御神体とされている鏡の陰からヒョコッと白い鼻先を出すと、スズナは呆れたように首を竦める。
「嘆かわしいことですなぁ、狸彦様」
畳の上で丸い腹を掻きながら、スズシロが欠伸混じりに相槌を打つ。やれやれ。コイツの態度の方がよほど嘆かわしい。
「これ……お前達。久しぶりの参拝者に、失礼なことを言うもんじゃないよ」
よっこらしょ、と呟いて、木箱――賽銭箱の中身を覗く。底の木目の上でコロンと1枚、100円玉が鈍く光った。
「こんなご時世に、ウチのような寂れた神社に参ってくれるだけ、有難いと思わなければ」
秋の例大祭も終わり、本来なら七五三の参拝で賑やかになる霜月。少子化とやらで年々子どもの数が減っているとは聞くが、閑散とした境内はもう見慣れてしまった。
「えー、ホントにそう思ってますぅ?」
フサフサの尾を意味深に振りながら、足元でスズナがこちらを見上げている。
「まー、建前だよ、建前。一応、神様なんだし」
踵を返して、畳の上に胡坐をかく。ここ白狸神社の狛狸にして神使のスズナとスズシロも、白尾を丸めてコロリと蹲る。
「で、どうするんです? 願い、叶えるんですか?」
「んー、叶玉は、あと何個残ってるかな」
1年に叶えられる願いの数は限られている。高額の賽銭を投入したからといって、必ずしも願いが叶わないのは、神側の諸事情が理由であることも少なくない。
「えっとぉ……今年の分は……あと1個ですね」
鏡の中を覗いたスズナが振り向いた。満願成就と相成れば、この叶玉を神使に渡して、就寝中の人間の頭にポトリと落とさせるのだが。
「あっそ。じゃ、ダメだ。1個くらいストック残しておかないと」
ゴロリ、仰向けに寝転がる。そろそろケバが目立ってきた。新年の畳替えは出来るのだろうか。この神社の経営が斜陽であることは重々承知だ。金策に奔走している宮司には、申し訳ないと思うが、如何ともし難い。
「あらら」
「可哀想だが、自力で運を引き寄せろよー、若者」
白狸達が、鳥居の先に向かって両手を合わせた。その行為にはなんのご利益もないのだが、せめてもの気持ちだろう。
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