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「お前、俺の話を聞いていなかったのか? 俺の下半身は溶けちまっているんだぜ、そういう感覚があるわけないだろうが」
「なあ、なんで蛇に飲み込まれたんだ?」
僕はずっと疑問に思っていたことをついに訊ねた。
「知りたいか?」Sは憎たらしいほどの満面の笑みを浮かべ、
「生きがいだよ」
「生きがい?」
「俺は今、確実に死に向かっている。それが生きがいなんだよ」
「自殺が生きがいなのか?」
「なんだ、おかしいか? 今の時代、なにかに生きがいを感じて生きている人間なんていないだろ? それに比べればよっぽどマシだと思うぜ」
Sは大きく欠伸を一つした。その頬を蟻が這い回っている。鼻から目元、眉、こめかみと動き回り、口元へたどり着いた時、彼はそれを舌で舐めとった。
「おい」僕は思わず声を上げる。
「心配はない。食べたわけではない」
「はあ?」
「巣に帰っただけだ。この身体の中は蟻の巣でもあるんだ」
そう言うとSは口を開けた。顎が外れ、振り子のように揺れている。垂れ下がった黒い舌が無数の蟻だというのに気が付くのには少し時間がかかった。僕は声を上げることすらできず、後ろへ飛びのいた。
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