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The love is instinct 17
廊下がザワザワし、次第に複数の声が近くなってくる。間もなく控室の扉が開き、ステージを終えた十玖たちは入って来るなり、想定外の騒ぎに目を丸くしつつ、各々自分の荷物を漁り始める。
「何の騒ぎ?」
汗だくのTシャツを脱ぎながら、謙人が筒井に訊いた。筒井は簡単に経緯を話すと、謙人はニコニコ笑って、更衣室に片足を突っ込みながら言う。
「争ってないで、順番に撮って貰ったらいいじゃん」
「「ですよねえ」」
悠馬と拓海が異口同音に言う。謙人はそのまま更衣室に入り、その隣の更衣室に入ろうとした十玖の肩を引っ張り、晴日が横入りする。
「ちょっと晴さん。ズルいですよ」
「うるせえ。年功序列を知らんのか?」
「汗で急激に冷えてきて寒いんですけど」
汗で濡れたTシャツを脱いでタオルで拭いたものの、冷房で体温が奪われていく。体脂肪がないから余計に堪えるのだろう。
「動いてろ」
晴日にそう言われるまま、馬鹿正直にスクワットを始める十玖。暫くすると謙人が出てきて、そこを今度は竜助に先越され、十玖はまた暫くスクワットを続ける羽目になった。
美空に写真を撮って貰う事に忙しかった拓海が、ふと口を開く。
「SNSで逆立ち腕立てやってるの見た事あるけど、何回くらい出来る?」
「……いつも百はやってるけど」
「ひゃくッ!?」
「バランス感覚いいんだよ。十玖は。シーソー逆立ちで歩けるんだから。あれ絶対、僕無理だもん。逆立ちすら出来ない」
この数日、十玖のトレーニングに付き合っていた淳弥が言った。落ちる恐怖心の方が先に立ってしまって、淳弥には到底マネ出来なかった芸当である。
「怖いもの知らずだから、レスキューになりたいとか言ってたんだし」
「向いてると思ってたんだよ。先輩拳士にも勧誘されていたしね」
苦笑を浮かべて淳弥にそう答えると、「まだですかぁ」と十玖が更衣室に声を掛ける。
「本当に怖いものないの?」
摂津子が聞き返した。十玖は摂津子に微笑んで、「あるよ」と答える。
「なに?」
十玖は聞き返した摂津子から視線を外し、チラリと美空を見る……と彼女と目が合う。美空が片眉を持ち上げて「なにか?」と平坦な声で訊ねると、十玖は一瞬真顔になってから彼女に微笑み返した。何かを察したような一同がなんとも言えない顔をしていると、そこに空かさず晴日の茶々が入った。
「やっぱアレだろ。ゴキ」
「あ~、アレは無理」
晴日から突如振られた言葉で瞬く間に状況を失念した十玖がそんなやり取りをしながら、晴日と入れ替わりに更衣室に一歩足を踏み入れた時、彼の頭にペットボトルが飛んできて見事ヒットすると、塩ビの床に転がる。
一同目を剥いてペットボトルが飛んできた方を見れば、美空が憤怒の形相で十玖を見ていた。
「ちょっとッ! 意味深に人の顔見てからのゴキブリって、まさかの同列ッ!?」
ずかずかと十玖の元に歩いて行く美空に、たじろいで後退して行く十玖は、更衣室に追いやられて行き詰る。
「ち…違う! そんな訳ないでしょ! アレは別枠だから」
本当に彼女が怖いんだ、と口々に言う傍観者に、美空はギロッと一瞥をくれる。慌てて口を閉ざした彼らを鼻であしらい、更に十玖に詰め寄った。
「どお違うのよッ!」
「生理的嫌悪と最愛は相容れないでしょお。アレは絶滅大歓迎だけど、美空がいなくなったら生きてけない。そもそも、美空に嫌われるのが怖いって、言いたかったのに、晴さんが変な茶々入れるから、つい……」
「つい?」
「うっ……ごめんね?」
「しょ、しょうがないなぁ」
叱られたワンコのように萎れる十玖に、つい絆された美空が苦笑を浮かべると、彼は衆人環視の中堂々と美空の腰を引き寄せた。すっぽり腕の中に収まった彼女の頭に頬擦りするのを、初めて目の当たりにしたマネージャーたちと摂津子が呆気にとられている。
「いいんですか? アレ」
佐々木が筒井に訊いた。筒井は肩を竦め、
「……良くはないんでしょうけど、良いんです。二人引き離そうなんてしたら、A・Dが壊滅的状況になるんで」
「つまり……?」
「クーちゃんがいなかったら、トークは絶対にA・Dには入らなかったし、仮にクーちゃんがA・D辞めてって言ったら、本当に辞めちゃうような子ですから」
「はあ……」
私的な交際を管理し、時によっては排除する汚れ役を買って出るのが仕事だ。それなのにマネージャーの仕事を放棄しているとも取れる筒井の発言に、佐々木は納得できない相槌を打つ。筒井は苦笑した。
「いい仕事さえして貰えれば、こっちは文句ないのよ。現にトークやケントに彼女がいると知ってても、付いて来てくれるファンは多いもの」
ね? と謙人に視線を送ると、彼は頷いた。筒井は十玖に「風邪ひくわよ」と投げかける。渋々美空を放すと、彼女はニコニコしながら席に着いた。
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