1st day./ハジマリの謳歌/PROLOGUE

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1st day./ハジマリの謳歌/PROLOGUE

<ハジマリの謳歌/PROLOGUE>  ――轟音と共に、視界を焼く光弾が奔る。雷鳴は瞬間的な死をいとも簡単に認識させ、こちらの思考を麻痺させた。容赦のない暴力がこの身を焦がさんと疾走する。 「――野暮なことをするやつだ。貴様の相手はオレだろう」  けれど、それよりも速く。物理的に不可能だろうと思われる速度で、私と雷光の間に壁ができた。  いや、壁ではない。それは、ヒトの形をした、ヒト成らざる者。  この時まで私には知りえなかった現実。未知との遭遇。雷光を遮るようにして蒼色のローブを羽織った男が立っていた。その手には、禍々しく歪な造形をした、それでいて神々しくも感じさせる長物があり、月明かりを反射するその穂先には、電気が跳ねるようにバチバチと音を立てる。  ――目の前で起こる全てが、私の常識の外で錯綜した。  視線の先。長物を持つ男が、白髪の大男と黒髪の少女と対峙する。その誰もがまともな表情をしておらず、醸し出される気配に敵意と殺意が混同していることが感じられた。  白髪の大男は、身の丈は目の前の男よりもわずかに高く、体格もガッチリしており、額には大きく見開かれたがあり、形相は鬼のそれだった。対し、傍らの少女は、左眼に大きな眼帯をし、なぜか笑みを浮かべながら立っていた。闇夜に溶けるほどの長い黒髪が風に靡く。短く切りそろえられた前髪で、肌の白さがより際立つ。 「あなた、は、……」  目の前で壁となった男に声をかける。その姿に、どこか懐かしさを覚えた。直前に見たの影響か、 「、説明は後だ。――はどこにある?」  なぜか当たり前のように私の名前を呼ぶ姿にも、養母の名前を知っていることにも違和感がない。それが夢の続きならば納得がいく。荒唐無稽な出来事でも、辻褄が合わない物語でも、予定調和的に進行し、最後にはすべての違和感を払拭してくれるから。  けれど、肌を刺す緊張感は、私を現実へと引き戻す。決して、夢ではない。なら、私のするべきことは何か―― 「石って、ペンダントの宝石のこと? それならここに――」 「――『白 槍(ビャクソウ) 六 憑(ロクノツキ) 覇 渡(ハワタリ)』――!!」 「なっ――!? ぐっ、痛っ――」  男は苦痛の表情を浮かべ、手にした槍を地面に落とす。遠くから、白髪の大男が呪文のように唱えた言葉をトリガーに、目の前の男の右前腕が爆ぜ、吹き出た血が周囲を汚した。傷口を抑え、苦悶に満ちた顔で、男が視線の先にいる白髪の大男を睨みつける。 「なるほど……。セカンドアクションの術式とは、油断した」  どんな作用があって起こったかは理解できないが、男の腕から吹き出る血に、寒気がした。死の臭いが身体を包む。圧倒的な緊迫感に、額に冷や汗が浮かぶ。 「アオイ、から出るな。――『』――」  腕の傷を抑えた男は地に落ちた槍を拾い、その穂先で空間をなぞった。聞き慣れぬ言葉とともに、眼前に微光が浮かぶ。周囲を囲うように広がった光のカーテンは、暗夜に鮮緑色が朧気に輝き、この身を護らんとする障壁となった。 「へぇ〜、なかなか良い概念城壁だ。単一詠唱(ワンポイント)でそれだけの障壁を造り上げるなんて。油断しちゃダメだよ、」  クゲンと呼ばれた男の傍にいた少女が口を開く。幼さの中に、殺気が蠢くこの場で飄々(ひょうひょう)としている様は、異常なほどに子供特有の残酷さがにじみ出る。 「なるほど、それほどの魔力を持っているのになぜそのような武具を使うか疑問だったが、貴様は本来ではないらしい――だが、この先、貴様が生き長らえる希望すらないことを知れ」  クゲンの左腕が紅く輝く。次第にバチバチと音を立ててが漏れ、帯電する左腕を掲げた先に、男の顔は殺意の孕んだ物となっていた。空気を飲み込むほどの殺気は、こちらの首を絞めるかのような緊張感。周囲の空気を飲み込む閉塞感。  その中でも、目の前の傷だらけの男が長物を構えた。 「そんな腕でどうするつもりだ。まさか、その状態でワタシの力を受け止めれるとでも?」 「なるほど、これほどの魔力を練り上げるとは恐れ入る。――その力、このが全力で受けてやるよ」  ジューダスと名乗った男は、クゲンの言葉に軽口で答えた。焦りの表情にすら見えるジューダスの挑発は負け惜しみにも聞こえる。 「愚かな。――ならば死ね」  クゲンの左腕がジューダスへと(ふる)われ、―― 「――『九天(クテン)()(モト)封神(ホウシン)セヨ、 (ホノカノイカズチ)』――!!」  ――その光は放たれた。  それは雷のように――いや、まさに雷のそれだった。認識した段階で、先程のものとは違うと理解した。  こちらの脳をも焦がすほどの殺意に、"死"のイメージを叩きつけた。この訳のわからない場面にいながら、訳のわからないまま殺されそうになっている。  かばうように立っていたジューダスは、―― 「――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』――!!」  ――解号を持って、クゲンの放った雷を撃ち落とした。  夜空に轟音が木霊する。土煙をあげ、衝突の余波は庭を大きく抉った。その所業は、奇しくも同じく『雷撃』であり、そして、私の人生に、大きな綻びが発生したことをまざまざと見せつけた。 1st day./ハジマリの謳歌/PROLOGUE  降り止まぬ雨が、地面で跳ねた。  幾多もの雨粒は飽きることなく、地面への自由落下を繰り返し、身体を叩く冷たい雨は、より鮮明になるようにと意識を覚醒させ続ける。  薄れゆこうとする意識を健気にもつなぎとめ続け、けれど健気さ故に鬱陶しくもあった。  身体を動かすことが億劫で、そのまま眠ってしまいたいのに、顔を叩く雨はそれをさせてくれない。辛いことを実感せぬように、現実から逃げようと、そのまま瞼を閉じれば全てがなくなると思っているのに。  ふと、――視界の隅では、なにか、よくないものが見えた。  飛び散った何か。千切れた何か。  ぼやけた視界の中で、ボロボロの断面だけが、やけにはっきりとしていたのを覚えている。  何か、魚の頭を腕力だけで胴と切り離したような、そんな断面。そこから流れ出る何かに。すこし、蛇口の空いたホースから流れ出る水のような、何か。  ああ。これが現実なんだと、実感させられる。  視界が霞む。視界を砂嵐が覆っていく。  ゆっくりと、カラーからモノクロへ、モノクロからそのままゆっくりと暗転していくように、視界が消えていく。  旅立ちはすぐそこに、左腕に突き刺さる痛みも次第に引いていた。  ――千切れた”何か(うで)”の存在が、私の意識を現実のものへと導いていく。 _go to "everyday".
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