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<幻想騎士/REMNANT>
「なっ――!?」
少女の驚く声が聞こえた。なるほど。手加減したとは言っていたけど、どうやらそこそこ力が入っていたようだ。
「坊主、お前は下がっていろ」
「っ――!?」
「……ロキ、此奴はワタシがもらってもいいのであろう?」
少女の前に白髪の男が出る。それなりの長身で、少女の身長の倍近くはあるかのよう。
「二人もいたのか。なかなかどうして、ここまでくるとあいつの予想は予言に近いな」
「何をわけのわからぬことを!」
///
階段を降りる頃には、聞きなれない金属音が鳴り出していた。
「いったい、何が起こっているの?」
ゆっくりと玄関に向かう。金属音はだんだんと大きくなっていく。やはり、誰かいるようだ。それも、一人ではない。
「宗次郎!?」
玄関で傷だらけの宗次郎が横たわっていた。
「ねぇ、……ちゃん……?」
「宗次郎! この怪我どうしたの!?」
そこはまるで異世界へ訪れたかのようだった。二人の男がなにやら争っている。どちらもかなり大きな体格をしている。
一人は黒いローブを羽織った、白髪の大男だった。本来体型がわかりにくいはずのローブでもかなりの筋肉質であることがわかるほどの肉体で、右手には何か棒の様な物を握っている。そのもの自体は見て取れないが、前方へ大きく振るうと、その先の地面が大きく抉れた。左手は怪しくも微光を放っている。
もう一方は、見覚えのある、夢の中の男だった。右手には禍々しいほどの造形をした長物を持ち、月明かりを神々しくも反射し、その槍は一層綺麗に映えている。
しかし、今目の前で起こっているのは、明らかにオカシ過ぎるものだった。白髪の男の後ろには、小さな身体をした少女が立っていた。左眼には大きな眼帯。夜に溶けるような長い、しなやかな黒髪に額が完全に見るほど短い前髪。なぜこんな夜半に子供がいるのだろうか。
「はぁあっ!!」
「ちっ――!」
庭の地形がどんどん変形していく。それほどの猛攻が、二人の男によって繰り広げられていた。
「ねぇ……ちゃん……」
宗次郎は傷ついた体を弱々しくも起こした。
「一体何が起こっているの、宗次郎?」
「ボクにも、……よくわからない。でも、あいつらがこの家を"襲撃"してきたのは確かだよ」
宗次郎が言うあいつらとは――白髪の男と、眼帯の少女のことだった。
「じゃあ、もう一人は……」
記憶にはある。夢で見た、大柄の男だ。先程の夢で対峙した時とは様子が違い、歪な形をした槍を振りかざして戦っていた。
「坊主! あと一つの石はどこにある!?」
夢の男が叫んだ。
「戯け! 余所見をする余裕なんぞ――」
「邪魔を、するなっ!」
「ちっ――!」
手にした槍を大きく横薙ぎにし、白髪の男が後退する。
「ちっ! なら、そこからだ!」
白髪の男の左腕が赤く発光した。その腕は私と宗次郎へと向けられ――轟音とともに細い光弾が放たれた。空気を焼くほどの熱量、一目見て判るほどの殺意が込められていたそれが疾走する。
「――野暮なことをするやつだ。貴様の相手はオレだろう」
けれど、それよりも速く。物理的に不可能だろうと思われる速度で、私と雷光の間に壁ができた。
はじめ、これが死後の世界なのだろうと思っていたが、私と宗次郎を庇うように目の前に夢の男が立っていた。
「――あなた、は、……」
「アオイ、説明は後だ。ナツキが遺した石はどこにある?」
男は面前の敵へ刃を構えながらこちらに問いかけた。
「石って、ペンダントの宝石のこと? それならここに――」
ポケットの中に入れていた宝石を手に取る。刹那――
「――『白 槍 六 憑 覇 渡』――!!」
「なっ――!? ぐっ、痛っ――」
白髪の男の言葉とともに、目の前のとこの右腕が爆ぜた。右腕の至るところから血が吹き出ている。膝をつき、持っていた槍を落とした。
「――なるほど……。セカンドアクションの術式とは、油断した」
目前の男から噴出した血を見て息を呑んだ。あまりにも突然起こった爆発。宗次郎の傷とは違い、容易に死を連想させるほどの衝撃を受けた。
「お前たちはここから出るな」
男は地に落ちた槍を拾い、その先端で空間をなぞった。
「――『アンスールオス』――」
地面に書かれた文字から微光が放たれた。
「へぇ〜、なかなか良い概念城壁だ。単一詠唱でそれだけの障壁を造り上げるなんて。油断しちゃダメだよ、クゲン」
「なるほど、それほどの魔力を持っているのになぜそのような武具を使うか疑問だったが、貴様は本来騎士の出ではないらしい」
クゲンの左手が再び眩しく輝きだした。
「――だが、この先、貴様が生き長らえる希望すらないことを知れ」
輝きだした左手とは裏腹に、クゲンの顔は殺意の満ちた歪んだものになった。周囲の空気がだんだんとなくなってきているような息苦しさが伝わってくる。目の前の男は傷だらけの右腕で槍を握り立ち上がった。
「……そんな腕でどうするつもりだ。まさか、その状態でワタシの力を受け止めれるとでも?」
「なるほど、これほどの魔力を練り上げるとは恐れ入る。――その力、このジューダスが全力で受けてやるよ」
「愚かな。ならば死ね」
クゲンは左腕を目の前の男へ向かって掲げ、――
「――『九天ノ名ノ下ニ封神セヨ、 雷』――!!」
――その光は放たれた。それは雷のように――いや、雷そのものに見えた。
それが雷である以上避ける事は不可能で、雷である限り人間が直接受けて耐えられるものではない。先ほど放たれた光とは更に違う“死”を私の脳へと映し出したのだ。あぁ、私は死ぬのか。この訳の判らない場面にいながら、少しも理解することもできず、理解もさせてもらえない。なぜこのようなことに巻き込まれてしまったのかもわからない。目の前に仁王立ちしている男は血塗られた右腕を掲げながら微妙だにしない。この男もそのまま死んでしまうものだと、思った。その刹那、――
「――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』――!!」
クゲンから放たれた雷よりほんの一瞬遅れて、男の掲げた槍から、同じように雷が放たれた。
両者の雷は庭に大きな傷痕を残し、轟音と共に消滅した。庭には大きな土埃が舞い上がり、男たちの真ん中には大きく穿たれた溝ができていた。
「――これほどとは。だがオレを殺すには些か出力が足りなかったようだな」
ジューダスと名乗った男は満身創痍ながらも嫌味たらしく笑みをこぼしている。
「……」
一方、クゲンは無言で、納得がいかない様子が表情から見て取れた。
――己の最高の法術を以って、眼前の満身創痍の男に止められたのが気に食わなかった。大陸では己の武具と共に主君を守ってきた。確実に相手の息の根を止め、その身さえも消失させるほどの魔力を使用したのだ。現にこの法術を受けて生き継いだ者などいなかった。必ず殺す。故に"必殺"。これまでの戦いの中で、この法術の後に続く戦いなんて存在しなかった。その"必殺"が絶対なる自信と共に覆されたのだ。
「――貴様、それほどの魔力を持っていながら、なぜその様な槍なんぞ持っている。槍の使い方なんぞ素人もいいところ、貴様が騎士のものではない事はすでに明白だ」
「失礼なヤツだな。オレはこれでも歴とした幻想騎士だ。幻想騎士に生前の名前や能力なんて飾りのようなものだろう」
目の前の男は先ほどまでのダメージが殆ど癒えた様だった。どんな魔法を使ったかわからないが、右腕の傷は完全に止血され、その傷のほとんどが回復している。
「……ふん。白魔術か。貴様、元は神に仕える者だろう、それほどの魔術、余程の代償を払っとみえる」
「ほう、よく気づいたな。いかにも、この身は元々騎士ではない。唯一神のみを崇拝してきた聖職者だ。幻想騎士の契約と共に我が全てを代償にしてこの力を得た、それだけだ」
――その事実故に、この男の膨大な魔力量に納得ができない。
「ふざけるなよ道化役者が。契約によって闘う力を手に入れるような弱者が意気がるな」
クゲンの腕に、再び光が灯る。それは、先ほどのものの比ではない。
「ワタシは貴様のようなものは許せぬ! ならばワタシが貴様を粛清する! 貴様の魂、我が名を持って滅してやろう!」
「は〜いはいはい、ストップ!! ストーップストップ!! クゲン、こいつの相手はボクがやるよ」
ジューダスとクゲンの衝突を奥に控えていた少女が止めた。その足取りは軽く、まるでこの殺伐とした争いの中を遊び場として向かう様だ。
「ロキ! 貴様は下がっておれ、彼奴はワタシの相手だ!!」
「ダメダメ、今のキミが戦ったって勝てないよ。頭に血ィ昇り過ぎ。さっきので手の内バレてるよ。もうすこし後先考えなきゃ」
少女は二人の間にできた大きな溝の前まで歩き、立ち止まった。こちら側には背を向けて立っているが、その背中からはクゲン以上の敵意が噴出している。
「キミは元々の力はすごいけど、幻想騎士になって確実に頭が悪くなってるよ。前のキミとは思えないほどの無駄遣いだ。時間をあげるから落ち着いてね。
それに、そろそろ頃合いだよ。長引いてもいいことないし、ここは一旦ボクに任せなよ」
話が終わったのか、少女は踵を返し、こちらへ向き直った。その顔は先ほどから見せている殺気に満ちた笑顔が浮かんでいる。危険地域に踏み込んでいても、そこを遊び場だと思っている子供のような笑顔だ。
「ふふん。久しぶりだね、ジューダス」
「久しぶり……?」
男は不快そうな表情を見せた。
「あ、ごめんごめん。気にしないで。ボクの名前はロキ=スレイプニール。ボクとクゲンはある計画を遂行するためにここに来たんだ。
まぁそれはどうでもいいんだけどね。眠り姫も目覚めた以上、キミらはこちら側の世界に足を踏み込まないといけないからそのつもりでいてね」
「……『眠り姫』って、私の事?」
理解しきれない言葉が続き、つい口を開いた。
「そそっ、キミの事。ナツキが遺していった子なんだ。存分に楽しませてもらうよ」
「――お前、オレの事を知っているみたいだが、なぜナツキの事まで知っている」
夏喜の名前が出た瞬間、目前の男の雰囲気が一変した。夢の中で見せたいような一瞬にして周囲の空気が冷たくなるような殺気だ。
「それは秘密だよ。自分で見つけてみたら」
「ふざけるな。答える気がないのなら早々に切り捨てるまでだ」
男が槍を構えた。その穂先は少女へと向けられ、明確な殺意を孕んでいる。
「そう邪険にならないでよ、これから面白いモノ見せるからさ」
少女はそう言うと、右手を上げた。
「そろそろ『おはよう』だよ、――坊や」
そう言って、少女はパチンと指を鳴らした
「ぐっ、――あああっ!?」
急に宗次郎がもがきだした。
「宗次郎!? どうしたの!?」
「貴様! 坊主に何をした!?」
「眠り姫が起きちゃったからね。そちらの力もそろそろ目覚める頃だろうと思うからさ、ボクらのいる舞台の趣向を少し変えただけだよ」
少女は唯々笑っていた。その笑いは唯々不吉を感じさせる。
「――えっ?」
突然の激痛に視界が歪んだ。蒼い斑点が視界を侵食していく。薄くなった視界で痛んだところを見ると、――宗次郎の拳が、私の左腕を殴りつけていた。悲鳴を上げる余裕もなく、その場に倒れこんだ。
「アオイ! 坊主、いったい何の――!?」
気を失って倒れこんだ少女を無視し、少年は騎士の方へと襲いかかる。
「ぐっ――なにがどうなってやがる!?」
その体からは想像もつかないほどの腕力に、後方へと飛び退き距離を取る。少年は距離を離されると、踵を返し、眼帯の少女の方へと近づいていった。
「ふふん。やっぱりいい素材だよ。まさかこれほどの能力があったなんて驚きだ」
「アオイ、しっかりしろ!」
「気絶してるなんて運のいい子だ。意識があれば、きっと今頃腕の痛みで悶絶しているよ」
「貴様、坊主に何をした……」
「ふふん。ボクは引き金を引いただけさ」
「ふざけるなっ!!」
「ほらほら。この程度で音を上げるようだと、この先眠り姫を守ることなんてできないよ」
「――いつまで遊んでいる。早々に仕上げるぞ」
突然、上空から声がした。ちょうど少女の真上。先ほどまで対峙していた男が宙に浮いていた。
「ちっ、浮遊術とは。東洋はそんな事までできるのか」
「それも貴様が気にかける必要は無い。これ以上の長居は無意味だ。娘諸共始末してくれる」
「ちっ――!!」
葵の元へと騎士が飛びつく。明らかに葵を狙った一撃。危なくも咄嗟に張った障壁のおかげで弾くことができたが、そう何度も防げるものではない。上空の男の魔力もだんだんと落ち着き取り戻している。このままでは、二人とも危険だ。
「――『スルオンス ラーゼ ウルティンス ヘキビョーカ』――」
――迷っている暇なんてない。
「猪口才な!! 女諸共封神しろ!!」
「――『白 槍 六 憑 七 巻』――!!」
クゲンの左手が大きく振るわれた。先ほどとは違う、7本の光がこちらに降り注ぐ。
「ふふん。合わせようか」
葵と自分に向けられた魔力の棘に、少女からも光の槍が放たれる。まさにそれはスコールに匹敵するほどの魔力の雨。
「――『Lydwine stegoe Decarabia』―― 」
葵が気を失った際に、近くに落ちた赤い宝石が輝き出す。
「――『Strength Temperance』――」
捌ききれなかった必殺の刺が魔法障壁を突き破った。ならば、こちらもそれ相応の力で答えてやろう……!!
「――同感です。アオイを護るためなら、ワタシは全力でそれに答えましょう」
朱い光とともに女性の声が響く。振り下ろした刃が全てを薙ぎ払う。
_go to "red and blue".
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