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<赤と青/RED AND BLUE>
まさに一閃。障壁によって幾分威力が弱まったといえ、あれほどの魔力の雨だ。それを手にした“剣の一振り”で、そのすべてを薙ぎ払った。
「誰だ、貴様は……!?」
あちら側はどうやら驚きを隠しきれないようだ。確実に仕留めたと思った刹那、朱い光と共に現れた金色の髪をした深紅の剣士。それが大量の魔力の雨をたった一振りで捌き、葵の死を覆した。
「――貴方達に名乗る名などありません。ワタシは貴方達のような者からアオイを守るために呼ばれた幻想騎士であり、それ以上でもそれ以下でもありません」
――あいつが用意した力がこれほどのモノだとはこちらとしても驚きだ。しかし、それだけに頼もしい。
金髪の女性は手にしている剣を高く振りかぶり、
「宙に浮くとは目障りですね。降りてきてもらいましょうか……」
宙に浮いている白髪の巨躯に大きく振り下ろした。
「――!!」
見えない衝撃が空中のクゲンを襲う。一瞬の出来事。宙の巨躯はそれを紙一重でかわしたようだ。
しかし、クゲンの首筋からは僅かだが血が滴り落ちている。放たれた衝撃は、すでに飛翔する斬撃に等しかった。
「宙にいる間は恰好の餌食ですね。諦めて降りてきたほうが無難ですよ」
女性は空中に向かって、再び剣を振り下ろした。剣の刃は決して空中の男へは届いていない。しかし、確実に空中の男に対して攻撃を続けている。現に彼の衣服は見えない刃で裂け、皮膚を切られている。何の障害もない空の上では、何処へ移動しても視認できた。
「くそッ……!!」
「やっと降りられましたか」
「ふざけるなよ女童がっ……!!」
女性の背中は大きいとはいえないものだったが、その腕に握られた剣はそれさえも超越し、クゲンを追いやり、地面へ戻した。
「遅かったじゃないか、ジーン」
「申し訳ございません。あまりにも事が突発過ぎました。まさかすでに始まっているとは」
「いや、謝る必要は無い。お陰で助かった」
「それはどうも。この時から彼はワタシが引き受けます。あなたはアオイを守ってください」
「すまない、よろしく頼む」
ジーンと呼ばれた目前の女性はそれだけ言うと、地に戻ったばかりのクゲン躯へと駆け出した。その姿は華麗で、力強い。ジーンとクゲンとの体格差はまさに子供と大人のそれだった。しかし、剣士は後れを取らず、その受け合いは女性でありながら男を圧倒している。
「――へぇ、もう回復したんだ」
いつの間にか、ジューダスのそばにロキが近寄っていた。
「まさか二人目がいたなんて。ふふん。さすがはナツキといったところか」
「貴様、いったい何が目的だ……」
「ふふん。目的といえばすでに達成されているよ。ボク達の用は坊やだけ。それ以外はボク個人の茶番さ」
ロキが一歩進んだところに、ジューダスの刃が奔る。ジューダスが薙ぎ払った一閃を、ロキは瞬時に後退することで難なく回避した。
「コワイコワイ。いきなり斬りつけるなんて、もう話は終わりなのか――!?」
後退したロキに向かって返しの刃が攻める。その一閃は正確にロキの首を狙ってのもの。ロキはその一閃を再び大きく後ろに飛び、回避した。
「……今のは少し危なかったかな。なかなか速い返しだったね」
ロキの首筋を伝って血が流れた。しかし皮一枚しか切れていなかった。
「貴様は生粋の魔術師だな。あの男と違い、先ほどのも西洋ものだ」
幾度となく放たれた魔力の砲弾。そのすべてが必殺の威力を持ち、一切の迷いなく放たれていた。
「へぇ、鋭いね。いかにも、ボクはヨーロッパの出身だ。魔術の性質とすれば、今のキミと同じだよ」
「……なに?」
「だって、キミの概念城壁へと昇華している魔法障壁も白魔術もわかりやすいほど西洋製だ。もっとも、さっきの白魔術による治療魔法はすでに古魔法による蘇生に近い。それに、キミが障壁に使ったルーンもなかなかの精度だ。それに、その槍も"北欧"のものだろう?」
――男の本能が告げる。
この少女は、如何なる相手でも持ち得ないほどの醜い殺意と憎悪をもっている。あの負の感情を内包した笑みは悪魔のそれだ。あの琥珀色に光る目が、男の心の中すら覗いているような不快を感じさせる。
「――貴様、何者だ」
男はその薄笑いを続ける少女に絶対的な敵意を覚えた。辺りの空気はそれに呼応するかのように緊迫する。
「ふふん。ボクたちもキミと同じ、ただの幻想騎士さ。それ以上でもそれ以下でもない、そうだろ?」
少女の笑みは消えることなく、さらに続く。
「キミはまだナツキの事に好いているみたいだけどさ、あいつってもう死んじゃったんでしょ? ボクはこれでも十年以上前から現界してるんだよ。キミの事も、ナツキの事も知っている。まぁ、あいつも惨めだよね」
――それを聞いて、男の殺気はさらに増加した。殺気の増加に伴い、体中から魔力が流れ、帯電している。
「――貴様は今、言ってはならない事を言った。その罪、ここで贖え……」
男は間合いを離れた少女に向かって槍を構えた。低く頭を垂らした穂先が、空気中に流れた魔力を飲み込むかのように輝く。
「へぇ、まだそんなに魔力が残ってるんだ。以前よりは成長したようだね」
「減らず口を、貴様がそんな事を気にかける必要はない。貴様はここで、オレが殺してやる……!」
魔力を凝縮した矛先が帯電する。男の殺気が少女を狙う。それを前にして少女は手を掲げ、
「―― 『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』 ――!!」
輝きだす閃光。一筋の雷として放たれた神槍の咆哮は、光の速度をもって少女へと駆け抜ける。
土埃と破壊の音が木霊する。男が放った一撃は、その身すべての魔力を収束させた一撃だ。その一撃に非があるとすれば、怒りに任せた一撃であった事。
男はそれに対して苦悩はしていなかった。確実に仕留めた、そう確信している。
「――っ……」
土埃が次第に治まろうとしている。その中から――
「――なかなかの一撃だね。だけど、やっぱりキミの魔力じゃこれが限界だって」
「!!」
晴れた土埃の中から、分厚い障壁に守られた少女が平然と立っていた。
「結構な魔力を収斂していたようだけど、キミの擬物なら、ボクの擬物といい勝負さ。ふふん。もっとも、これですら差は明確らしい」
少女は余裕の笑みを浮かべている。法衣に付いた土埃をパンパンと落とすその身には傷一つ付いていなかった。
「キミではまだまだその槍は使いこなせないよ」
少女はそれだけ言うと、眼帯へを手をかけた。
「――っ」
少女の左眼を見た瞬間、男は呼吸をすることを忘れた。いや、呼吸することを許されなかった。
「かっ……なっ……」
「でも、さすがにそろそろ時間が惜しい。すこしそこで大人しくしててよ」
少女は男の方向へと歩いて行き、そのまま男の横を通り過ぎた。
「そうそう、さっき茶番だと言ったよね。だけど、そのすべてが茶番だったわけではないんだよ。少なくとも、坊やの他に、キミに合うことがボクの目的だったんだ」
その顔は唯々余裕の笑みを浮かべている。その足取りは未だ戦い続ける仲間の元へと向かっていた。
「クゲン〜、今日は戻るよ。はやく終わらして〜」
ジーンとクゲンの戦いは未だ緊迫な空気が流れている。
/ / /
「ちっ――!!」
重ねるごと五度。見えぬ衝撃にクゲンが後退する。
「っ――!」
ジーンが離された距離を一息で詰める。
「くどいっ! とんだじゃじゃ馬だ。しつこいにもほどがある」
「……」
「クゲン〜、今日は戻るよ。はやく終わらして〜」
「ほう。向こうの方は貴様らの負けのようだな。女、まだ続けるのか?」
「愚問を。逃げるのなら逃げるがいい。尤も、彼が負けたとしても、ワタシは負けるつもりもなければ、貴方たちを逃がすつもりもありません」
ジーンは右手に握っている剣を後ろへと引き、大きく薙ぎ払った。騎士の剣からは巨大な魔力の斬撃が放たれる。クゲンはそれを見て、右手に持った棒を前方へ大きく振るう。一面を黒く遮る棒。それはゴムのように伸び縮みし、元の棒へと戻った。
「ならこちらは全力で逃げる事にしよう。なに、心配する必要は無い。貴様等はワタシの手で封神してやる」
そう言うと男はさらに大きく後退した。その左手はすでに微光を放っている。
「――『白 槍 六 憑 楼 砲』――」
振るわれた左手からは赤い霧が広がった。その霧は次第に集まっていき、まるで桜の葉が散るように広がっていく。
「これしきの術っ……!!」
ジーンは剣を握り直し、深く広がる霧の先へと駆け出した。振るわれる斬撃。桜の霧はそれでもなお、深く広がり続ける。
「……なるほど。霧によりこちらの視覚を封じるというのですね」
「――そう思うのは貴様の勝手だがな。だが、貴様のその斬撃は魔力の塊であろう。間合いを開けたところですぐに放たれる。なら貴様がこちらを視認できなければ、無闇に発動できまい」
「考えましたね。だすが、これほどの霧など、ワタシにとって無いに等しい!!」
強く地面を蹴る。大きく身を浮かし、身体を返して剣を地面に向かって振り下ろした。地面に放たれた斬撃は辺りを包み込む霧と一緒に飛散する。
地に降りたジーンは霧の奥にいるはずの男を凝視した。放たれた斬撃により霧はだんだん晴れていく。しかし、すべての霧が晴れたところでクゲンの姿はなかった。あたりを見渡すが見当たらない。なら、どこだ――?
「――貴様等の相手はまた今度しよう。この阿呆の目的のためにここまで時間を割いたのだ、今回は引き上げさせてもらおう」
上空から男の声がした。月の下には先ほどの二人が浮遊している。男の腕にはもう一人の護るべき少年がいた。
「ちっ――」
「やめたほうがいいよ。ここでキミがボク達に一撃を放つなら、坊やや眠り姫へと矛先を向けるだけさ」
少女の指が指した先には護るべき少女が横たわっている。
「アオイ、大丈夫ですか!?」
少女から返事はない。
「気を失っているだけだ、問題はない」
隣で膝をついたジューダスが答える。その声には怒りが混ざっているのがわかった。
「――六日だ。ボクたちは六日後の夜、坊やを連れてもう一度ここへ来よう。坊やはすでに手に入れたけど、キミには個人的に用がまだまだあるしね。キミたちだってそれの方がいいはずだ」
頭上の少女は笑いながら言った。
「……貴様は、無駄な時間を残したな」
満身創痍ながらも自らの武具の柄を深く握った。
「ふふん、キミなら今すぐにでも仕掛けてくると思ったけどな」
「貴様の元に坊主を取られている以上、下手に仕掛けるのは愚行だろう」
男は深く唇を噛んだ。唇から血が流れ落ちる。それほど男は悔しさを噛締めていた。
「ふふん。どう思おうがキミの勝手だけどね」
「どういうことだ……?」
「ふふん。少しキミを見直さなければいけないね。いいさ、それも一興だ。精々悔やめばいい」
ロキは手をヒラヒラと振り、傍らのクゲンと共に空高く舞い上がった。
「貴様等の命、ワタシの手で封神してやる。その首、洗って待っていろ」
二人の悪魔はそのまま月明かりの中へ消えていった。二人の騎士はただその月を見上げていた。
「どうするのです? ソウジロウが連れて行かれた以上、ここでジッとしている訳にはいかないでしょう」
ジーンは傍らに横たわる葵の身を抱きかかえ、立ち上がった。
「どうすることもない。今夜はそのまま休もう。奴らは再び訪れる」
「なぜそう言い切れるのです? 彼等の計画とやらはわかりませんが、今度はこちらから仕掛けるべきです」
「――あのガキ、どうもナツキとオレの事を知っていた」
「どういうことです……?」
「さあな。ただ、ヤツには計画と別に、私情でこちらに仕掛けるだけの理由があるらしい」
槍を杖代わりに男が踵を返した。地面を穿った大穴。男の怒りの一撃を、件の少女は傷一つ受けず防いだ。
――ジューダスはそれに大きな悔しさと一緒に一つの疑問が浮かんだ。
「奴らは必ずこちらに姿を現す。それにこちらから仕掛けては坊主の身が心配だ。悔しいところだが、今はまだ、下手に動かないほうがいいだろう」
男はそれっきり口を開かなかった。月明かりが沈みかける。紫色の空が広がる。赤と青の幻想騎士は沈む月を眺め立ち尽くした。
_go to next day. "SLEEPING BEAUTY"
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