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時は大正。
老舗呉服屋「はなふじ」の娘として何不自由ない暮らしをしておりましたが、実家が火事に巻き込まれ、毎日の生活もままならない状況になってしまいました。
呉服屋を再開するまで親戚筋を頼って、ある方の御宅に女中として奉公することになりました。
今まで実家を出て暮らしたことなど一度とてございません。
わたくしは不安で仕方なく、手荷物を持つ両手の震えが抑えられない程でございました。
わたくしの心持ちとは裏腹に都会の街並みはとても華々しく晴れやかであります。
矢絣の着物に海老茶の袴を履いた女学生が数人、わたくしの横を通り過ぎて行きます。
彼女たちの長い髪を一つに束ねた朱色のリボンが目に鮮やかで、しばらく見惚れておりました。
日本の文化に西洋の文化が流れ込んできたこの時代。
わたくしは、とある有名な文豪の御宅へ奉公へ行くことになったのでした。
「華藤菊子さん?」
大きなお屋敷の前で年配の女性に声をかけられました。
「は、はい」
「ご主人様がお待ちかねですよ」
お屋敷の入口にそびえる大きな松の木がわたくしの緊張を尚一層高めて参りました。
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