思い出と髪飾り

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日差しが照り付け、セミが合唱しているなか。 『君は私を恐れないの?』 『なんで? こわくないよ』  男の子は、さして気にする風もなく素直に答える。 『血が欲しいと思わないの?』 『いらないよ?』  男の子はきっと、血に関することを知らないのだろう。  それでも男の子の言葉に女は安心する。  二人がいるのは、とある田舎の川だ。  七歳の男の子は、川側にいる女に話しかけている。  女の姿は、色素が薄く長い髪を持ち、奇麗な耳飾りをつけ、古風な服を身に着けて特におかしなところはないと思うかもしれないが、下半身が足ではなく魚のヒレなのが一番の特徴のいわゆる人魚だ。  男の子は夏休みを利用して、田舎にする祖父母の家に遊びに来ていた。  そして、この川に一人、遊びに来たところたまたま岩に座っていた彼女と出会ったのだ。  目が合ったことに最初、彼女は驚き川の中に逃げ込むが、男の子が立ち尽くしているだけで何もしてこないのを確認すると、軽い好奇心に駆られ話しかけてしまった。  男の子は人魚を知らないため、興味津々に彼女に子供ならではの質問をぶつくけ、彼女がそれに答えているうちに二人は親しくなっていった。  毎日、毎日男の子は川に出掛けると、人魚と会って楽しく遊んだ。 『君は面白いな。私と話していては怖がれてしまうかもしれないのに』 『こわくないからだいじょうぶ!』  男の子は素直で、彼女は楽しそうに笑う。  夏も後半になり、男の子が祖父母の家に来て一か月が経過したある日。 『あしたかえらなきゃいけないの』 『帰るって、どこへ?』  突然の別れ話に人魚は悲しそうな顔を隠せない。 『ここじゃないとおいばしょ』 『また会える?』 『わかんない』 『そっか』  彼女はこんなものだろうと無理やり納得する。  人間とは相いれない存在。  ともに過ごすことは叶うわけがないのだ。 『ありがとう。君は初めてできた私の友人だ』 『あ、まって!』  彼女は悲しみを振り払うように川に飛び込み姿を消した。  その際、何やら小さい物が彼女の耳のそばから落ちたのが見えて、それは男の子の足元に落ちた。  それは彼女が身に着けていた青い奇麗な石の耳飾りだ。  男の子はそれを拾うと、帰る直前まで彼女を呼んだが、現れることはなかった。   *  五月。  就職し、一人暮らしを始めるため、実家の自分の部屋を片付けていた。  勉学に使っていた参考書を棚から引っ張り出したり、いまだに取ってある玩具を捨てたりとして、残りは小学生の頃から使っていた勉強机の片付けだけとなった。  引き出しを開けて物を引っ張り出していく。  消しゴムのカスや、点数の悪い答案用紙。  色鉛筆やコンパスなど、今はもう使うことがないであろう物ばかりが出てくる。  それらを目にするたび、昔のことを思い出す。  そんななか、引き出しの奥、何やら小さなものがあり、それを取り出してみる。  それは青く奇麗な石の耳飾りだった。  俺はピアスなどそういった類のものは今まで買ったことはないのになぜこんなものがあるのだろうかと不思議に思う。  小さい頃に拾ったものだろうか。  捨ててしまうにはなんだか勿体ない気がして、どうしたものかと考えたとき、財布を取り出しとりあえずその中にしまった。  それから五年後、祖父が亡くなってしまった。  祖父母の家に行ったのは、小学校の頃の一度きりでうろ覚えだが、凄くいい人だったのを覚えている。  祖父の葬式は祖父母の家で行われることになり、親の運転する車に乗って二十年ぶりに、俺はそこに訪れた。  空は、まるで悲しさを表すように曇っていた。  とても懐かしい感覚に襲われながら、祖父の葬式は執り行われ、無事に終わった。  親は祖母とこれからの今後の話で時間が掛かると言っていたため、俺は近くの川に来た。  途絶えることのない水が、緩やかに心地いい音を立てながら流れている。 「ん~んん~~♪」  川を眺めていると、どこからか鼻歌が聞こえてくる。  誰か先客がいたのかと辺りを見渡してみると、岩に腰を掛けた美しい女がいた。  一見人と思ったが、その女の下半身が魚で、俺は思わず口に出してしまう。 「人魚」  鼻歌を歌っていた人魚は俺に気が付くと、慌てて川の中に飛び込んだ。  俺は呆然と立ち尽くす。  まさかおとぎ話などでしか聞いたことのない存在が目の前にいるのだから。  数十秒、立ち尽くしていると、人魚が顔を出してこちらをじっと見つめてくる。  警戒しているのだろう。  記憶にある情報では、人魚は人間が嫌いだとか。  ならば警戒されているのも仕方がない。  しかし何故だろうか。  この光景を前にも見たことがある気がする。 「人間。お前、あの子の匂いがする」 「誰の臭いだ?」 「あれはもう何年前のことだったか、男の子と仲良くなったのを覚えている」  人魚のその言葉で、俺の記憶はとてつもない速度で蘇る。  どうだった。  何故忘れていたのだろうか。  忘れること自体おかしな話だ。  だって、あんなにも奇想天外なこと、人生で起きないだろうに。 「昔は分からなかったけど、今なら君のことが分かる」 「そうか、やはりあの時の」  人魚は嬉しそうな顔をして近づいてくる。 「君がどういう存在か知らなかったけど、今なら君がどんな存在かわかるよ」 「人間は成長が早いな。私の背丈を越している」 「君は昔と何も変わらないな」 「私は年を取らないから」  昔に浸りながら話していると、俺は財布を取り出し中にしまっていた耳飾りを取り出して彼女に渡す。 「なくしたと思っていたが、君が持っていたんだね」 「返すのが遅れてごめん」 「別に気にしてないよ」  彼女は受け取った耳飾りを耳に着ける。  やはり似合う。 「そうだ。あの時言われただけで分けちゃったから、今度はこっちから言うよ」 「何のこと?」  不思議そうな顔をする彼女に俺は微笑みながら口にする。 「俺と、友人になってくれないか?」 「私と君は、あの時から友人でしょ」  確かに、一か月も会って話していたんだ。  友人じゃないはずがない。  そこであることを思い出す。 「そういえば友人同士なのに名前を聞いていなかった」 「確かに」 「俺の名前は結城」 「私は水奈」
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