○○○からの卒業

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一ヶ月が経ち史暗は悪悪高校の一年生になった。 確かに柄がいいとは言えないが、クラスメイトは見た目の割には悪くはない。 だが中二病のままであったならどうだったかは分からないが。 桜も散り新生活にも慣れた頃、史暗は帰宅部のため家に帰るや否やブレザーから私服に着替えた。 中二病を止めてから私服の系統はガラリと変わっている。  黒いズボンを履きインナーは金色、その上から皮ジャケットを羽織った。 胡散臭い安いホストみたいな格好だ。  だがそれでも本人はかなり気に入っていて、大きな姿見の前でぐるりと回り全身のチェックを終えると重そうなリュックを担ぎ上げる。 「うわ、重ッ!」 中には処分をせずにとっておいた大量の禁断の黒歴史ノートが入っている。 こだわり抜いた装飾で飾られたノートの重みは、まさに史暗が中二病だった頃の歴史の重み。  肩にかかるズシリとした重量を感じ、少しばかり中学の頃を思い出していた。 ―――200冊は超えているからな・・・。 ―――でもこれも、愛の力で乗り越えよう! リュックを背負い外へ出ると、綾音が通う高校へ行き正門前で待っていた。 通り過ぎていく生徒がチラチラと史暗のことを見てくる。  下手なホスト姿にリュックを背負っていれば嫌でも目立つのだが、史暗はそんな風には思わない。 ―――まぁ、俺を見てしまうのは仕方がないさ。 ―――俺は中二病の時よりも更にカッコ良くなっているからね。 ―――俺を見ないわけがない。 ポジティブな思考回路は、史暗の武器でもあると姉の明南も言う。 苦笑交じりの時もあるが、史暗はただただ褒められたのだと喜んでいた。 「おっと、これ以上近付いたら火傷するぜ? 俺の心は今、立ち入り禁止だからなッ!」 傍を通った女子たちが史暗のことを観察したのを見てそう言うと、彼女たちは引きつった顔をして離れていく。 ひそひそと話しながら去るのも、自分の格好よさを話しているのではないかと勘違いだ。 ―――それにしても綾音さん遅いなぁ。 ―――もう帰ったっていうオチはないよな? キョロキョロと辺りを見渡していると背後から声がかかった。 「あれ? 史暗じゃん」 「! 綾音さん!」 振り返ると中学の時より少し大人びた綾音がそこにいた。 卒業式から一ヶ月程だが、何だか見違えたような気がするし随分長い間会っていないような気がした。  それなのに後ろ姿を見ただけで自分だと分かってくれたことが嬉しかった。 あの時に比べれば、自分も随分と変わったというのに。 「久しぶりだね。 雰囲気変わった?」 「分かるのか!? 今の俺、輝いてる?」 「うん、そんなに目立つ服を着ているんだもん。 実際にも輝いているよ」 そう言ってケラケラと笑う。 史暗の服に飾られている金色の飾りが陽光を反射させるのを見て、裏表なく本当に楽しそうに笑っている。  「史暗はこんなところへ来てどうしたの? 誰か待ってる? 私が呼んでこようか?」 「いや、大丈夫。 俺は綾音さんを待っていたんだ」 「え、私? どうかした?」 「俺、やっぱり綾音さんのことが諦め切れなくて!」 そう言うと綾音は困った顔をする。 卒業式の時、告白した時と同様の表情。 だが史暗もそれは想定済みのことだった。 「あー・・・。 言わなかったっけ? 中二病の人は――――」 「俺は新しく生まれ変わったんだ」 「確かに中二病は抜けているよね。 でも中二病の過去があるだけで、もうアウトって言ったでしょ?」 「そんな過去なんて簡単に消せる!」 「え?」 史暗はリュックを下ろし中身を見せた。 大量の黒色のノートが道路にぶちまけられる。 綾音は率直に引いているが関係ない。 「これで中二病の歴史は全て真っ白だ! デリート!!」 その言動自体がもう中二病なのだが、今の史暗は卒業したと思い込んでいるため気付かない。 綾音の目の前で禁断ノートを全て燃やすと、急いでポケットから発煙筒を取り出し魔法っぽく演出も決める。  濃い紫色の特別品。 これも史暗の好みを反映したのだが、見事に中二病の残り香が漂っていた。 ―――よし、これでもう綾音さんは僕の手に! 周囲に人が集まってきた。 激しく煙を出しているのだから当たり前だ。 一面紫色に染まり近所迷惑甚だしい。  あまり時間をかければ高校から教師たちが集まってくるどころか、警察を呼ばれてしまうかもしれない。 ―――今までありがとな、禁断ノートたち。 ―――お前たちのことは一生忘れないよ。 全て燃え切ったのを確認し、発煙筒を放り投げた。 観衆が小声で「おぉ」なんて言っているのを聞いて、史暗は更にノリノリだ。  小道具の一つである薔薇の造花を口に咥えると、卒業式の日にやったように片膝を立てて手を差し出した。 「ほら、綾音さん見てくれ! もうこれで大丈夫だ!」 「何が大丈夫なの?」 「俺の中二病という歴史は全て消え去った。 あとは綾音さんが俺の最愛の人になってくれれば!」 「ならないから!!」 綾音は身を翻すと一目散に駆けていく。 当然、史暗はその場に置き去りにされている。 ―――・・・え? ―――今俺、またフラれたのか? 史暗は中二病からキザで痛い男に変わっていた。 それから先、何度かキャラ替えして告白をしてみたが、綾音と上手くいくことはなかった。 「姉さん、またフラれたよ」 最終的にごくごく普通のキャラに落ち着き告白してみたが、それでも綾音は“YES”とは言わなかった。 明南はベッドに転がって少年誌を眺めながら史暗に言う。 「もう諦めたらどうだ?」 「それは無理。 何度言われても俺の心は変わらないよ」 「強情だなぁ。 アタシが口利きしたろっか?」 「いや、俺の愛は俺自身で掴み取りたい。 でも一体何が駄目なんだろう。 こんなにカッコ良いっていうのに」 姉の部屋の姿見でポーズをいくつかとって見せる。 それを見て明南は雑誌を放り捨てると、ベッドに座り居直した。 「これだけは言わないでおこうと思っていたんだけど・・・」 「ん? 何?」 「アンタ、ナルシスト過ぎるのよ。 姉のアタシが見ても引くくらいに」 「・・・」 史暗は落ちた雑誌を見て絶句するしかなかった。 今のモテないランキングの一位に『病的なナルシスト』と書かれていたからだ。                                                                -END-
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