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「じゃあ、また明日な」 3限目が終わって外へ出た僕たちは、それぞれの目的地に向けて別れた。 木崎と佐々木は部室、橋本は図書館、そして帰宅する僕は正門へ。 そのまま正門に向けて歩き出したら、橋本が不意に振り返った。 「やっぱり門まで一緒に行こうか?」 木崎と佐々木は気付かずそのまま行ってしまったけど、橋本は踵を返して僕の隣にきた。 「図書館反対方向・・・だよね?それともやっぱり一緒に帰る?」 ここからだと図書館は正門とは反対方向だったはずだし、確かまわり道もなかったと思う・・・。 「いや、レポートしたいから図書館には行くけど、雑賀一人で大丈夫かな、と思って」 「大丈夫・・・て、いくら方向音痴の僕でもここから正門までは迷わないよ?」 さすがに一本道、迷う方が難しい。 なのにそう言った僕に、橋本はちょっと変な顔をした。 「?」 「・・・だよな。いくらなんでもここまで来て迷わないよな」 多分、僕の心の疑問符が顔に出てしまったのだと思う。橋本はちょっと慌ててごめんごめん、と言った。 「なんか急に心配になってさ。でも何かあったらすぐ知らせろよ」 と、尻ポケットからスマホを出した。 「いつでも分かるようにしてるからさ」 そう言って再び図書館の方へ歩き始めた。 僕はありがとう、と右手を上げて橋本を見送った。 橋本がこんなに心配するのには、理由(わけ)がある。 僕は本当にひどい方向音痴なのだ。入学当時は大学までの道で何度も迷った。 登校初日、高校までは迷っても同じ制服の人の後ろをついて行ってればよかったんだけど、大学には制服がないので誰について行っていいか分からなくて、途方に暮れていた。 スマホの地図アプリを開いてもさっぱり分からない。方向音痴の僕は地図を見ても方角が分からないのだ。 自分が今どっちを向いているのか分からず、スマホを見ながらぐるぐる回っていると、通りかかった人に声をかけられた。それが橋本だったんだ。 自分も同じ大学だから、と一緒に行ってくれて、いったんは正門で別れたんだけど、講義室でまた僕を見かけた橋本が隣に座って、そのとき、 『また分からなくなったらいつでも訊いてよ』 て、アドレス交換をしてくれたんだ。それで何故か、みんな初対面同士だったのに、近くにいた木崎と佐々木も話に入っていて、アドレスを交換したんだ。 そうだ、僕の方向音痴をみんなが心配してアドレスを交換してくれたんだった。 実際あれから何度も道に迷い、その度に三人のうちの誰かに助けてもらっていた。 そりゃ、少しの道でも心配するよね・・・。 ・・・などとちょっと情けなく思っていると、不意に名前を呼ばれた・・・ような気がした。 「雑賀くん」 もう一度聞こえて思わず振り返ると、そこには知らない男子学生(ひと)がいた。 背が高い。 僕より10cmは高いかな? 少し目線を上げると目が合ってしまって、僕は慌てて目を逸らした。 人と目を合わせるなんて、僕には無理。 「雑賀くん?」 確認するようにもう一度呼ばれた。 誰かと間違えてるのかな?でも『雑賀』なんてあんまりいないし・・・。 実は、僕は人の顔を覚えるのがひどく苦手。 人見知りでコミュ障で方向音痴で、その上人の顔も覚えられない。 どれだけ社会不適合者なんだか・・・。今まで家と学校の往復しかしてこなかったので、仕方がないのかもしれないけど・・・。 これまでクラブや委員会なんかで一緒になっても顔が覚えられなかったために、他の場所で会っても気づかずしょっちゅうシカトしてしまっていた。 それでも、向こうから声をかけてくれることがあったんだけど、僕には相手が誰か分からないから、話をしながらこの人は誰か、いつも頭をフル回転させて推測していた。 だからこの人も、僕は分からないけど、僕を知ってる人なのかもしれない、と返事をしようとした。けれど、少し遅かったみたい。 「雑賀美晴(よしはる)くんだよね?」 その人は今度はフルネームで名前を訊いてきた。 雑賀美晴、それは確かに僕の名前。 下の名前まで知っているということは、やっぱりこの人は僕を知っている人だ。 「はい」 今度はすぐに返事をした。口元に笑みを浮かべるのも忘れない。 「ちょっと一緒に来てもらいたいんだけど・・・いいかな?」 僕の返事に少しだけ表情を緩め、今度はこちらの返事も聞かないまま歩き出してしまった。 あっけに取られながらもついて行く。 『どこに?』 とか、 『なんで?』 とか疑問はあったけど、この人は僕を知ってるようだし、そもそも人見知りの僕は話を合わすことは出来ても、自分から話すことなんて出来なかった。
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