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冥界ーーそれは死後の魂たちが逝く世界。
どこまでも果てしなく広がる死者の世界は、大きく2つの世界で分断された。
『天国』
それは善良な魂が集まる場所。下界転生を約束された死者たちの楽園。
天国は神に統治され、配下の"天使"は純粋な愛で魂を保護し安息を与える。
『地獄』
それは邪悪な魂が集まる場所。下界で犯した罪を痛みによって償わせる業火の奈落。
地獄は閻魔に統治され、配下の"獄卒"は嗜虐の愛で魂を断罪し苦痛を与える。
相反する2つの世界。しかし同じ冥界として決して破ってはならない"禁忌"があった。
『それは人間に恋をすること』
バコンッッ!!
突然、住宅街の空き地で鈍い音が響き渡った。
赤い花びらが舞い、何かがどさりと落ちる。
その物体は一面に赤い花を咲かせていた。
更地にいくつも転がっている謎の物体は、まるで小さな花園のように見える。
風が吹くと赤い花は柔らかに揺らいだ。
「ああ……っ……」
そこに1人の少年が地べたに座って震えている。
華奢な身体は土で汚れ、側にはランドセルと教科書が散乱していた。
服装はどこにでもいる小学生の格好だったが、容姿はとても美しかった。
軽くウェーブのかかった癖のある黒髪。陶器のように白く滑らかな肌。
唇は薄桃色に色づき、ぱっちりと開かれた目は珍しい黄金の輝きを放つ。
人形のように精巧に整った顔は今、目の前の脅威に怯えていた。
「だいじょうぶ」
赤い花園から聞こえる甘い声。
その中性的な声はどこか楽しげで不気味だ。
「ボクはキミに危害を加えるつもりはありません」
そう言って花園から現れたのは、ピンク髪の幼い少年。
ーーーーしかし"カレ"は普通ではなかった。
頭上に輝く闇の光輪。額には2本の黒い角が生えており、背中には小さな黒い翼があった。
しかし翼は直接生えておらず、根本から切り離され浮遊している。
人間のようで人間ではない。
異次元的な存在に少年は息を呑んだ。
黒い学ランを着たカレは笑う。
襟元に施された赤いライン。金のボタンが上までキッチリと留められ、肩から緑のベルトを斜めがけにしている。
下は黒い半ズボンで、小さな足には白いソックスと編み上げブーツを履いていた。
そして左腕には"4"が連なる赤い腕章。
容姿は比較的平凡で人間に近いが、纏う雰囲気は狂気に包まれている。
幼い手には厳つい赤の金砕棒が握られ、柄には"メッサツ"と書かれた飾り札が下げられていた。
「ひっ……!」
無数の棘を見て、少年は短い悲鳴を上げる。
カレは凶器を握りしめたまま近づいてきた。
歩みを進めると花々は赤い光となって金砕棒に吸収される。
花が消えると落ちていた物体の正体が明らかになった。
"それは少年と同い年の子供たち"
ランドセルを背負ったまま彼らは地面に横たわり、顔を伏せていた。そのため息をしているのかどうかさえ分からない。
少年は恐る恐る視線を動かして、地面に転がっている子供たちを見た。
カレは明るい声で真紅に濡れた瞳を細める。
「安心して。彼らは気絶しているだけだよ。時間が経てば普通に目覚めるから☆」
そう言ってカレは赤い金砕棒を背中のベルトにしまった。
そのまましゃがんで目線を合わせると、少年の顔色はさらに悪くなる。
呼吸は荒くなり、白い額からじわりと汗が滲む。顔面蒼白の少年に対してカレは頬を紅潮させた。
見惚れるようにジッと見つめ、トクトクと胸の鼓動を高鳴らせる。
この感情をカレは知っていた。
"人間である彼に恋をするのは冥界の御法度"
しかし、たかが禁忌ごときで暴走したカレを止めることはできない。
両手で頬杖をついて、美しい少年を見つめながらカレは誓った。
もし自分の愛を邪魔するヤツらが現れたら、その時は暴力を持って全力で排除しようと。
「はじめまして人間さん♡」
ピンクの悪魔はワントーン上がった甘い声で喋った後、無邪気にニパッと笑った。
「ボクは堕天使ミウマ!キミの名前は?」
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