小鬼に金棒

7/9
107人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
ーーーー10分後  魔力が尽きて泣き疲れたコヅチは、砂浜の上で丸まりながら眠ってしまった。  瞼を赤く腫らしながらスヤスヤ眠る彼に、クゲと雅美は安心したように息を吐く。 「やっと終わったァ……」 「……死ぬかと思った」 「ん"ーーー!ん"ーーー!」  彼らの側には、影によって全身ぐるぐる巻きにされたミウマの姿。  顔も影に巻かれて、カレはただ唸ることしかできない。  雅美は持っていた瑠璃響を砂浜に置いて、疲れたように仰向けになった。  クゲはミウマの拘束を解くと、眠ったコヅチの側に近寄って微笑んだ。 「……こりゃ、しばらく起きないなァ」  そう呟いた彼は紫色の空に向かって手を掲げた。 「"時止め解除"」  カチリと時計の針が進む音がした。  クゲの手元に銀色のランプが戻ると、紫色の世界は消えて人間界の時間が進み始める。  紫から澄んだ青空に戻った瞬間、雅美は勢いよく起き上がって周囲を見渡した。 「時間が動いてる……」 「マサヨシーーー!!」  ピョンッとウサギのように跳ねたミウマが雅美に抱きつく。 「さっきはごめんねえ!危うくキミを消炭にするところだった!」 「ちょっ、ミウマ…触んなッ!!」 「ミウマさん、マサヨシくん」  声を掛けられて2人が振り向くと、クゲは人間の姿に戻っていた。  眠るコヅチを担ぎ、鋸歯状の歯を見せて笑う。 「先輩がご迷惑をおかけしました。俺たちは一旦ここで失礼します」  ミウマはニコニコ笑いながらご機嫌に手を振った。 「じゃあねクゲ。コヅチくんと気をつけて地獄に帰るんだよ☆」 「いえ、俺たちはまだ地獄に帰りません」  ピタリとカレの手が止まる。  サングラスに越しに見えた赤い狐目が、雅美の姿を映して弧を描いた。 「忘れましたか?俺たちの任務は"堕天使ミウマを地獄に連れ戻すこと"。このまま地獄に帰れるわけないじゃないですかァ」 「…………」  冷たく睨む青の瞳に、クゲは愛想良く笑って軽く手を振る。 「また今度先輩が元気になったら楽しく闘いましょう」  そう告げるとクゲは大きな影に呑まれて、その場から忽然と姿を消した。 ****  海辺に取り残された2人。  ミウマはハッとした顔で雅美に叫ぶ。 「そう言えば、マサヨシ今日学校なんじゃないの!?」 「あ……」  思い出したと声を上げる雅美に、ミウマは慌てて砂浜に術式を書き始めた。  その様子を呆然と見つめていると、彼はある違和感に気づく。 「今ならまだ間に合う!ここからボクの術式で、学校まで転移させられるから……」 「……ミウマ」 「なに!?」 「お前……、右腕動かせねえの?」  雅美は眉を顰めながら、パーカーから見える焦げた右手を見つめた。 「ああ!」  するとミウマは今気づいたとばかりに右手を見て、ニパッと満面の笑みを浮かべた。 「だいじょうぶ!こんなの何ともないよ♡」 「……本当か?」 「もちろん!後で治しておくから雅美は心配せず、学校に行っておいで」  それを聞いて、雅美は最近チンピラから助けてもらった時のことを思い出した。  たしかあの時もカレは男に傷つけられた頬を一瞬で治していた。   「それならいい。俺が家に戻るまでに治しておけよ。……その手見てるとグロくて飯食えないから」 「わかった!」  周りに人がいないことを確認した後、ミウマは素早く術式を展開させて雅美を学校に転移させた。  誰にも気づかれない男子トイレに転移した雅美は、そのまま教室に向かって授業を受ける。  誰もいなくなった砂浜で、ミウマは1人立ち尽くした。  ボロッと砂浜に落ちる黒い煤。  全く動かない焦げた右手を見て、さっき言われた雅美の言葉を思い出す。 『俺が家に戻るまでに治しておけよ。……その手見てるとグロくて飯食えないから』  言葉の裏に隠された雅美なりの"心配"と"優しさ"  それを十分理解しているカレは、青い瞳を溶かして柔らかく笑った。 「……キミは本当に良い人だね」
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!