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ーーーその日の夕方、阿間寺家にて
「じゃじゃーーん!」
雅美が帰宅すると、玄関で待っていたミウマは嬉しそうに綺麗になった右手を掲げた。
「言われた通り、ちゃんと治したよマサヨシ♡」
「…………」
ジッと黄金の瞳がカレの右手を見つめると、安心したように息を吐く音が聞こえた。
「そうみたいだな」
靴を脱いだ雅美はそのままミウマの横を通り過ぎていく。
「あれ、それだけ?」
ミウマはもう一言足りないというような顔で、金魚の糞のように付いてきた。
「何か他に言うことはない?」
「ねーよ」
「『ミウマの手が無事に治ってくれて安心した!愛してる!』とかない?」
「まっったく無いな」
「えーーー」
不満そうな顔で文句を言うミウマを無視してリビングに向かうと、そこには夕飯の準備をしている義継の姿があった。
「おかえり雅美〜!今日はお前の好きな肉じゃがだぞ〜!」
「……………」
義継の声掛けに対して雅美は無言だったが、一瞬だけキッチンに視線を向ける。
口角が僅かに上がっている様に見えたのは、決してミウマの勘違いではない。
「よかったね!マサヨシ!」
「……なにが」
ミウマに声を掛けられると彼の顔は無表情に戻ってしまった。
踵を返して自室に向かった雅美の背中を見て、ミウマはニマニマと笑みを浮かべる。
「うふふ……。素直じゃないな〜マサヨシは」
ーーーー夕食
昨日と違って普通に会話をしているミウマと雅美の姿を見て、義継は安堵したように頬を緩めた。
2人は無事に仲直りしたのかな
パチンッ
「ごちそうさまでした!」
珍しく1番に夕食を食べ終わったミウマは手を合わせた後、テキパキと自分の食器を片付け始めた。
そして早々にリビングから居なくなってしまう。
「あれ?」
義継は驚いたような顔でカレが去った扉を見つめた。
「ミウマくん今日はやけに食べ終わるのが早いな。いつもなら雅美が食べ終わるまで待つのに」
「…………」
義継の言葉に反応した雅美は、チラリと視線を扉の方に向けた。
短くため息を吐くと、彼は箸を進めるスピードを上げて食器の中を空にした。
「ご馳走様」
そう言って彼は食器を片付けて、ミウマと同じようにリビングを後にした。
バタンと閉まった扉を見つめ、義継は微笑みながら肩をすくめる。
「……なんやかんや仲が良いんだよなあ」
プラチナブロンドの髪を揺らしながら、雅美は薄暗い廊下を足早に進む。
ピシャンッ
そしてミウマがいるであろう部屋の襖を開けた。
「あれ、どうしたのマサヨシ?」
そこには電気をつけず、真っ暗な部屋で微笑むミウマの姿があった。
雅美はカレの背中に隠れた右手を睨みつける。
「ミウマ。今すぐお前の右手を見せろ」
「なんで?さっき見せたじゃない」
「……いいから出せ」
「まさかボクの傷ついた右手をヨシヨシくれるの!?ええ〜どうしよう恥ずかしいな〜♡」
左手を頬に添えて身体をくねらせるミウマに苛立った彼は、部屋に入ってミウマの素肌に触れようと手を伸ばした。
「駄目だよ」
中性的な低い声が聞こえたかと思うと、ミウマは雅美の背後に移動していた。
「ッ!!」
あまりの早さに刮目していると、広い背中に小さな温もりが触れた。
「だいじょうぶ」
背後からいつもの明るいミウマの声が聞こえる。
「心配しなくてもボクの右手はいずれ治るよ。冥界のヤツにやられると少し時間がかかるだけで」
「ッ、やっぱりテメエ!!」
雅美が怒りを露わにして振り向くと、カレはお茶目にニパッと笑った。
「なんで怒るの?人前に出る時は綺麗に魅せるつもりだよ。ほら、指も魔道具を使えば普通に動かせるし」
目の前に出されたのは、不思議な糸で括られたミウマの指。まるで人形劇で操られるマリオネットのようだった。
それを見た雅美は思わず息を呑む。
「……どうしてお前は、そこまでして人間界に留まるんだよ」
長年避けてきた疑問をカレにぶつけた。
「今日襲ってきたヤツらは、お前と同じ獄卒なんだろ?わざわざ同僚を敵に回してまで、ここに留まる理由って何なんだよ」
ずっと8年間、思っていた
ミウマは何故自分に拘るんだろうか
炭のように焦げつき糸で括られた右手を見て、雅美は拳を強く握りしめた。
「ボロボロになってまで俺の側にいたい理由って何……」
「……………」
苦々しく美しい顔を歪めた雅美に、ミウマは無言になった。
グイッ
そして雅美の胸倉を掴んで引き寄せると、いきなり彼の唇を奪った。
「っ!?」
突然唇に感じた柔らかい感触に、雅美は目を見開いて身体を硬直させる。
しかしカレの唇はすぐに離れた。
「……そんなの簡単だよ」
ミウマは目尻を緩め、雅美に大人びた笑みを見せる。
「好きだから」
月夜に照らされた青い瞳が、暗闇で輝く黄金の瞳を見つめた。
「冥界では、人間に恋することは最大の禁忌だと言われている。……でも、そんなことはボクにとって関係ない」
暗闇の中、青い瞳を溶かしてカレは眩しそうに笑った。
「あの日、ボクは誓ったんだ。なにがあってもキミを守り、側を離れないって」
その言葉を聞いた瞬間、雅美の心臓が大きく音を立てた。
「なんだ、それ……」
いつものように重いカレの告白を罵倒したいはずなのに、上手く言葉が出てこない。
そんな彼の様子を見て、ミウマは眉を下げた。
「……マサヨシは隙がありすぎて心配になるよ」
「は……?」
「さっきもちゃっかりボクにキス許してるし。このままずっと隙だらけだと………、」
ミウマは薄い唇を彼の耳に寄せて囁いた。
『いずれボクがマサヨシの"初めて"を奪っちゃうよ?』
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