小鬼に金棒

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 フッと軽く耳に息を吹きかけると、雅美の肩がビクリと大きく揺れた。 「〜〜〜ッ、なにすんだこの変態!!」  耳を真っ赤にさせた雅美は、そのままミウマの身体を思い切り突き飛ばした。 「いだあ"ッ!!」 「人が真剣に話してるのにエロいことばっか考えやがって!少しはエロいことから離れろよ!この色情魔ッ!!」  尻餅をついたミウマに目もくれず、雅美は荒い足取りで自室へ向かう。  中に入ると彼は勢いよく襖を閉めて、ミウマがこれ以上入ってこないように裏で棒を立てかけた。  予想以上だった雅美の反応に、ミウマは息を吹き出して盛大に笑う。 「あははっ。あのくらいで動揺するなんて、マサヨシはウブだな〜〜」  一頻(ひとしき)り笑った後、ミウマはそのまま静かに夜空を見上げた。  コヅチとクゲの姿を思い出しながら、カレは青い瞳を細める。  "彼らは今頃、大魔鏡を通じて閻魔様と連絡を取り合っている頃だろうか" 「これからもっと騒がしくなりそうだね」  脳裏で激怒している閻魔様とため息を吐くアカドリ様の姿が浮かんで、ミウマは口元を緩めた。  そしてーーーー  一瞬だけ浮かび上がる、うねる白銀の長髪と鋭い眼光を宿した"偉大な存在"。  その瞬間、カレの中で遠い過去が蘇った。  絶え間なく聞こえる高らかな笑い声  眩しい黄金から差し伸べられた優しい手  石床に転がった小瓶と燃え尽きた黒い煤  業火に包まれて堕ちていく小さな白い翼  背中に鈍い痛みが走り、ミウマの顔が強張った。  夜空を憎らしげに睨んだが、瞼を閉じて一息つくと元に戻った。  ミウマは無言で閉まってしまった襖をジッと見つめる。 「……………」  暗闇で感じる暖かな魂の鼓動に、騒ついた心が凪のように落ち着いてくる。 「……ごめんね」  ミウマは誰かに伝えるように呟いた後、踵を返して自分の部屋へと戻って行った。 **** ーーーー地獄 『いやあ、ミウマさんの確保難しかったですねェ』  一方閻魔とアカドリは、大魔鏡を通じてクゲと連絡を取り合っていた。  巨大な鏡に映るクゲは人間の姿をしていて、古びたアパートを背景に笑いながら喋っている。  彼の膝には未だに眠り続けるコヅチの姿。 『ですが、任務は引き続き遂行しますよ。人間界に留まり、ミウマさん回収の機会を伺うつもりです』 「そうか……」  やはり一筋縄ではいかないか、と閻魔は肘掛けに手を置いて人差し指をトントンと叩き始めた。 『でも1つだけ分かったことがあります』 「なに?」 『ミウマさんが人間界に留まる理由です』  トンッ…と閻魔は指を叩くのを止めた。  サングラス越しに見えるクゲの赤い狐目が、楽しそうに弧を描いた。 『どうやら彼は人間に恋しているようですねェ』  それを聞いたアカドリは目を見開き、動揺したように声を荒げる。 「なっ……人間に恋だと!?」 『しかも相手は男です』 「お、男ッ!?」  "人間に恋することは、冥界で破ってはならない最大の禁忌"  加えて同性となると、さらに禁忌度が増す。  アカドリはミウマが犯した禁忌の数々に頭痛がして思わず額を抑えた。 「最悪だ……」 『ですが、その人間どーも普通じゃないんですよねェ……』 「それはどうゆうことだ」  クゲは顎に手を当てて、今日の出来事を思い出しながら閻魔たちに説明する。 『彼、"時止めの炎"が全く効かないんですよ。人間の癖に普通に動けるんです』  彼はそのまま気になったことを挙げていく。 『しかもおかしなことに、彼と肌を合わせると力が抜けて戦闘不能になるんですよねェ」  クゲは鋸歯状の歯を見せてニヤリと笑った。   『いやはや、摩訶不思議ですよ。彼はどうみても人間なのに、我々と似たような能力を持っているんですからァ」  面白いものを見たと話すクゲに、閻魔は再び指を叩きながら彼に問いかける。   「……それは非常に興味深いな。貴様はその人間の名前と容姿を覚えているか」 『ミウマさんは彼を"マサヨシ"と呼んでいました。容姿はとても美しく、プラチナブロンドの髪に黄金の瞳を宿した青年です』 「……そうか」  閻魔はクゲから聞いた男の情報を頭の中に深く刻み込んだ。  ガチャッ  するとアパートの扉が開く音がして、クゲは「あっ」と視線を横に移した。 「すみません。家主が帰ってきたみたいなのでオレはここで失礼します」 「分かった。貴様は引き続き鳴家コヅチと共に任務を遂行し、ミウマの動向を適時報告しろ」 『御意』  クゲは閻魔とアカドリに一礼し、大魔鏡から姿を消した。 「……………」 「閻魔様?」  何も映らなくなった鏡を前にして黙り込む閻魔に、アカドリは怪訝な顔で声を掛けた。  バンッッ!! 「失礼します!!閻魔様ッ、緊急事態でございます!!」  突然扉を開けて入ってきたのは赤鬼の獄卒。  かなり憔悴しきった様子で来ると、彼は閻魔とアカドリの前で跪いた。  普段なら無礼な態度に説教したい所だが、彼の動揺にアカドリは目を細めた。 「何事だ」 「アカドリ様ッ!?こちらにいらっしゃったんですね!!よかった、先ほど部屋に伺ってもいらっしゃらなかったので……」 「いいから要件を話せ」 「は、はい!!」  アカドリが錫杖を鳴らして問い詰めると、獄卒は慌てたように話し始めた。 「牢獄の最下層に封じていた冥界の殺戮兵器阿修羅(アシュラ)が、何者かの手によって起動し、脱獄してしまいました…ッ…!!」 「なんだとッ!?」  想定外の事態にアカドリは目を見開き、声を荒げた。 「現在阿修羅は見張の獄卒を殺害後、冥界門を突破し三途の川を下降しております!」 「ッ、目的は人間界か!!」  カシャンッ  アカドリは錫杖型の金砕棒を鳴らすと、閻魔に片膝をつき一礼する。 「閻魔様!私は直ちに冥界門へ向かい、急ぎ阿修羅を捕縛して参ります!」 「待て、アカドリ」  すぐさま飛び立とうとするアカドリを引き留め、閻魔は暗闇の中で赤い瞳を細めた。 「私に考えがある」 ****  数時間前。  光り輝く黄金の空の下で白い羽根が舞い、高らかな笑い声が聞こえる。  真っ白な宮殿の上を飛んでいるのは、大きな白い翼を持つ美しい金髪の子どもたち。  彼等は終始クスクス笑いながら、お互い耳を寄せ合って噂話を始めた。 「知ってる?あの子が人間界にいるらしいよ」 「なんでも人間に恋をしているとか」 「哀れだね。それは冥界の禁忌じゃないか」 「あの子に目をつけられた人間は可哀想」 「可哀想」 「あの子は冥界の異端だ。天罰が降れば良いのに」     「五月蝿いぞ。少しは黙らぬか小童ども」  地を這う低い声が響き渡ると、上空にいた子どもたちがピタリと笑い声を止める。  ビリビリと下から伝わる覇気のオーラ。  彼等に命令したのは、うねる白銀の長髪を持つ美しい男だった。  男は1枚の白い布を身体に巻き付け、外套のように羽織っているだけだが、それだけでも圧倒的な存在感を放っている。  彼は宮殿の玉座に腰掛け、天を睨んだ。  鋭い黄金の瞳に睨まれた子ども達は、青い瞳を揺らして声を合わせて謝罪する。 「「「ごめんなさい神様」」」  そう言って彼等は天を舞い、それぞれ別の場所に飛び立った。  神と呼ばれた男はため息を吐くと、誰もいなくなった宮殿に声を掛ける。 「シルキィ。そこにいるか」 「なんでしょうか神様」  その瞬間、強風と共に現れたのは輝く金の光輪と大きな白い翼を待つ青年。  彼は純白の軍服を身に纏い、首元には聖なる十字架のペンダントを下げていた。  片膝をついて神に一礼すると、さらりとした癖のない長い金髪が頬に落ちる。  氷のように冷たく、ゾッとするような美しさを持つ彼の正体は、神に忠誠を誓う"天使"だった。 「其方は天使見習いが話していた噂を信じておるか」 「……ヤツが人間界に降り立ち、冥界の禁忌を犯したという話ですか」 「左様」  シルキィと呼ばれた天使は忌々しいと青い瞳を歪め、ワントーン下がった低い声で喋る。 「想像するだけでも虫唾が走りますが……、信憑性は高いようです。ある獄卒の話では、閻魔が2名の上位獄卒を人間界に向かうよう命じたそうです」 「そうか」  神は何もない黄金の空を仰いでポツリと呟いた。 「やはり生かしておくべきではなかったか……」  フッと誰もが見惚れる微笑みを浮かべると、神は頬杖をついて長い脚を組んだ。 「閻魔にはとんだ厄災を押し付けてしまった。どれ、彼奴(あやつ)のために此方が一役買ってやるか」  黄金の瞳は片膝をつくシルキィの姿を捉える。 「神の掟を守護する能天使シルキィに告ぐ。冥界の禁忌に背いた異端、堕天使ミウマを断罪せよ」  その瞬間、彼の脳裏で"ある光景"が再生された。  白い翼を引きちぎられ、業火の奈落に突き堕とされる前の哀れな天使。  堕ちる直前、天使は神を睨んだ。  崇拝を滲ませるはずの青い瞳は、激しい憎悪と殺意で歪んでいた。  その瞳を思い出して、無意識に口角が上がる。 「彼奴を消せるのであれば手段は厭わぬ。ゆえに必ずや仕留めよ。分かったな?」 「……承知しました」  一礼するとシルキィは大きな翼を広げ、風と共にその場から姿を消した。 「さあ、私を楽しませてくれよ」  誰もいなくなった宮殿で神は1人小首を傾げ、優雅に微笑んだ。 ーーー『小鬼に金棒』終
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