プロローグ

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****  冥界(めいかい)ーーそれは死後の魂たちが逝く世界。  どこまでも果てしなく広がる死者の世界は、大きく2つの世界で分断された。 『天国』  それは善良な魂が集まる場所。下界転生を約束された死者たちの楽園。  天国は神に統治され、配下の"天使"は純粋な愛で魂を保護し安息を与える。 『地獄』  それは邪悪な魂が集まる場所。下界で犯した罪を痛みによって償わせる業火の奈落。  地獄は閻魔に統治され、配下の"獄卒"は嗜虐の愛で魂を断罪し苦痛を与える。  相反する2つの世界。しかし同じ冥界として決して破ってはならない"禁忌"があった。 『それは人間に恋をすること』  バコンッッ!!  突然、住宅街の空き地で鈍い音が響き渡った。  赤い花びらが舞い、何かがどさりと落ちる。  その物体は一面に赤い花を咲かせていた。  更地にいくつも転がっている謎の物体は、まるで小さな花園のように見える。  風が吹くと赤い花は柔らかに揺らいだ。 「ああ……っ……」  そこに1人の少年が地べたに座って震えている。  華奢な身体は土で汚れ、側にはランドセルと教科書が散乱していた。  服装はどこにでもいる小学生の格好だったが、容姿はとても美しかった。  軽くウェーブのかかった癖のある黒髪。陶器のように白く滑らかな肌。  唇は薄桃色に色づき、ぱっちりと開かれた目は珍しい黄金の輝きを放つ。  人形のように精巧に整った顔は今、目の前の脅威に怯えていた。 「だいじょうぶ」  赤い花園から聞こえる甘い声。  その中性的な声はどこか楽しげで不気味だ。 「ボクはキミに危害を加えるつもりはありません」    そう言って花園から現れたのは、ピンク髪の幼い少年。 ーーーーしかし"カレ"は普通ではなかった。  頭上に輝く闇の光輪。額には2本の黒い角が生えており、背中には小さな黒い翼があった。  しかし翼は直接生えておらず、根本から切り離され浮遊している。    人間のようで人間ではない。  異次元的な存在に少年は息を呑んだ。  黒い学ランを着たカレは笑う。  襟元に施された赤いライン。金のボタンが上までキッチリと留められ、肩から緑のベルトを斜めがけにしている。  下は黒い半ズボンで、小さな足には白いソックスと編み上げブーツを履いていた。  そして左腕には"4"が連なる赤い腕章。  容姿は比較的平凡で人間に近いが、纏う雰囲気は狂気に包まれている。  幼い手には厳つい赤の金砕棒が握られ、柄には"メッサツ"と書かれた飾り札が下げられていた。 「ひっ……!」    無数の棘を見て、少年は短い悲鳴を上げる。  カレは凶器を握りしめたまま近づいてきた。  歩みを進めると花々は赤い光となって金砕棒に吸収される。  花が消えると落ちていた物体の正体が明らかになった。  "それは少年と同い年の子供たち"    ランドセルを背負ったまま彼らは地面に横たわり、顔を伏せていた。そのため息をしているのかどうかさえ分からない。  少年は恐る恐る視線を動かして、地面に転がっている子供たちを見た。  カレは明るい声で真紅に濡れた瞳を細める。 「安心して。彼らは気絶しているだけだよ。時間が経てば普通に目覚めるから☆」  そう言ってカレは赤い金砕棒を背中のベルトにしまった。  そのまましゃがんで目線を合わせると、少年の顔色はさらに悪くなる。  呼吸は荒くなり、白い額からじわりと汗が滲む。顔面蒼白の少年に対してカレは頬を紅潮させた。  見惚れるようにジッと見つめ、トクトクと胸の鼓動を高鳴らせる。  この感情をカレは知っていた。  "人間である彼に恋をするのは冥界の御法度"  しかし、たかが禁忌ごときで暴走したカレを止めることはできない。  両手で頬杖をついて、美しい少年を見つめながらカレは誓った。  もし自分の愛を邪魔するヤツらが現れたら、その時は暴力を持って全力で排除しようと。   「はじめまして人間さん♡」  ピンクの悪魔はワントーン上がった甘い声で喋った後、無邪気にニパッと笑った。 「ボクは堕天使ミウマ!キミの名前は?」     ****
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