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ガラッ
「たっだいまーー!」
阿間寺家に帰ると、そこには腰を摩りながら掃除機をかける義継の姿があった。
「あいたた……。腰が痛い……これは歳だな」
「お父さま!?どうしたんですか!!」
「あっ、ミウマくんおかえり〜〜!」
義継は掃除機を止めた後、目尻を下げて柔らかく笑った。
「掃除機の音が大きくて気づかなかった。今帰ってきたのかい?」
「はい!お父さま、腰が痛いんですか?」
「ああ、ワシも歳だからね。動くと色んなところが痛むんだよ〜。でも休めば大丈夫!」
そう言って再び掃除機をかけようとする義継にミウマはストップをかけた。
「後はボクがやりますよ!お父様は少し休んでてください」
「ええっ、いいのかい!?」
「はい!ボクも家族みたいなものですから!困ったことがあったら、いつでも頼ってください☆」
「ミウマくん……ありがとう!助かるよ〜!」
買ってきた物を冷蔵庫や棚にしまった後、ミウマは掃除機をかけ始めた。
「ランランラーーン♪……ハッ!!」
そして、ある事に気がついた。
マサヨシは今、学校で部屋にいない……
最近は警戒して入れてもらえないけど、今だったら入り放題なのでは?
キランとミウマの青い瞳が輝いた。
「いいよね……?だってボクは掃除しないといけないんだから。部屋を綺麗にしないと、空気が澱んでマサヨシの健康に被害が出る」
鼻息を荒くしながら、ミウマは雅美の部屋に近づいた。
スパンッ
襖を開けて中に入り、思う存分息を吸い込む。
久々に感じる彼の匂いに、ミウマは興奮したように赤くなった。
「最ッ高……!」
そしてまだ整えられていないベッドに飛び込み、枕に顔を埋めてバタバタと足を動かす。
「いい匂い〜〜!」
好きなだけ匂いを堪能すると、ミウマは口端を緩めて満足そうに笑った。
「さて、癒しの時間はここまで。次は頑張ってマサヨシの部屋を綺麗にするぞ!」
ベッドから降りたミウマは俄然気合を入れて、雅美の部屋を隅々まで綺麗にしていった。
****
ゾクッ
「ッ、」
一方、真面目に授業を受けていた雅美は突然悪寒を感じて腕を摩る。
「…………」
まさかミウマのヤツ、また余計なことしてないだろうな……
この間のようにエロいことを仕掛けてきたら、今度こそ二度と口を聞かないと言って脅そう
雅美は授業に意識を戻して、ミウマのことを考えないようにした。
ーーーー昼休み
いつものように居壁と幸仁で昼食をとる。
すると幸仁が緊張したように口を開いた。
「ねえ、雅美……明日の放課後って空いてる?」
「??空いてるけど」
「そ、その……どっか遊びに行かない?」
頬を赤くして誘ってくれた幸仁に、雅美は目を細めて優しく微笑んだ。
「いいよ。どこ行く?」
「えっ、いいの!?」
「当たり前だろ。居壁、お前も行くのか?」
「あーー……悪い。俺は明日彼女とデートなんだ」
珍しく歯切れの悪い口調で断る居壁に、雅美は驚いて僅かに目を見開く。
「お前ら2人で行ってこいよ。こうして長くつるんでるけどさ、2人で遊んだことねーだろ。あのピンクモンスターが邪魔するせいで」
「……まあ、そうだな。でも……」
脳裏で嫉妬に狂ったミウマの姿を想像する。
考えあぐねている雅美に、居壁は苛立って言葉を付け足した。
「少し遊ぶくらい平気だろ!明日の夕方、ピンクモンスターは他に用事があって気づかねえかもしれねーし!」
「…………」
そう言われて、雅美はミウマの行動を思い出した。
たしかに最近、ミウマは初めてできた主婦友達とよく買い物に行っている
それは8年間ずっと1人だったミウマにとって大きな変化だ
もしかしたら居壁の言う通り、アイツにも明日用事があるかもしれない
……今夜、なんとなく探りを入れてみるか
「あの……雅美、本当に明日2人で遊んでも平気?難しいようだったら俺ーーーー、」
「いや、大丈夫だ」
雅美は決意したように顔を上げて、幸仁と視線を合わせる。
色素の薄い瞳を不安そうに揺らす幸仁に、彼は安心させるように微笑んだ。
「もしバレても、俺がどうにかする。俺は幸仁と遊びに行きたい」
「雅美……」
幸仁は雅美の言葉に瞳を潤ませて、花が綻んだように笑った。
「ありがとう」
幸仁の小さな頭に手を乗せて、雅美はニヤリと口角を上げる。
「じゃあ明日どこに行きたいか考えておけよ。もし無かったら俺の行きたい場所に付き合え」
「えーー。どうせ雅美はシルバーアクセが沢山売ってるゴツいお店に行きたいんでしょ」
「えっ、なんで知ってんの」
「いつもスマホでそればっか見てるじゃん」
身体を寄せ合って楽しそうに話す2人を見て、居壁は頬杖をつきながら心の中で愚痴をこぼした。
明らかに両想いなのに、なんでこれで付き合わないのかねえ……
お互いにそれとなく好意を伝え合っているのに、何故か一線を置いてそれ以上発展しない2人。
「やっぱ、アイツがいるからだよなあ……」
あどけない顔で笑うピンク髪の少年を思い浮かべて、居壁は舌打ちをして目を細める。
「……邪魔なんだよ……アイツ……」
"消えればいいのに"
その言葉が声になることは無く、そのまま彼の口の中に溶けて消えていった。
****
ガラッ
「ただいま」
日が暮れた夕方。
雅美が家に帰ると、義継がエプロンをつけながら笑顔で出迎えた。
「おかえり〜〜雅美!」
「ん」
……………。
しかしその後、嬉しそうに飛び付いてくるミウマの姿がない。
………自室か?
そう思って荷物を置きに行くついでに、なんとなくカレの部屋を覗く。
しかし中は間抜けの空だった。
ミウマがいないことに驚いた雅美は、リビングに行って義継に声をかける。
「親父、ミウマは?」
「ああ!ミウマくん今夜、友達と食べるから夕飯はいらないんだそうだ!連絡きてないか?」
「……きてないけど」
不在である理由を義継だけ知っていたと分かると、雅美は1人除け者になった気分で表情を曇らせた。
なんだよアイツ……俺が連絡しないと怒る癖に自分はいいのかよ
「あのミウマくんに友達ができるなんて驚いたな〜。まあ、8年もあればできるか!」
義継は雅美を見ないまま、ホクホクとした表情で野菜を切り始める。
「そのうちカレにも大事な友達ができて、雅美離れするかもな〜」
「……は?」
それを聞いて雅美はワントーン下がった低い声になる。
「いや、それはありえねーだろ」
長年ミウマと行動を共にしてきた雅美は、カレがいかに自分に執着しているか知っている。
しかしそんな雅美の言葉を覆すように、義継は笑顔で話し続けた。
「分からないぞ〜。案外、人の心って簡単に変わるものだからな」
「……アイツに限って、それはねえよ」
「でもミウマくんが雅美離れすることは、いいことじゃないか。お前はずっとミウマくんに引っ付かれて嫌なんだろ?」
「そうだけど……」
言い淀む雅美が気になって振り向くと、義継は目を丸くさせた。
「珍しい。お前がそんな顔するなんて。本当はミウマくんに離れて欲しくないのか?」
「ッ、はあ!?」
義継の言葉に戸惑った声をあげると、雅美は顔を顰めて盛大に叫んだ。
「そ、そんな訳ねーだろッ!アイツがいつもベタベタしてきてコッチは迷惑してんだよ!」
「お、おお……。別にそんな怒鳴らなくてもいいだろ……」
狼狽える義継を無視して、雅美は踵を返して部屋に戻った。
バンッ
苛立ちをぶつけるように襖を閉めると、不貞腐れたようにベッドに寝転がってスマホを弄る。
「………別にアイツがどこで何をしてようが、俺には関係ない」
しかし一瞬だけミウマの焦げた右手が頭に浮かぶと、雅美はピタリと手を止めた。
……まさか、また変なことに巻き込まれてないよな
これ以上ボロボロになられたら対応に困ると、雅美は眉を顰めて舌打ちした。
「……あのクソ堕天使。帰って来たら、洗いざらい吐かせてやる……」
そう呟いた後、雅美は枕に頬を押しつけて再びスマホを弄り出した。
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