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***
すっかり暗くなった藍色の空。
いつもの屋上でミウマは1人座って空を見上げた。
「……………」
空を見て思い出すのは、やはり黄金の世界にいたあの日の記憶。
『大丈夫』
脳内に響いたのは、忘れることのない心地の良い低い声。
そして眩い光から差し出されたのは、大きくてしっかりとした優しい手。
冷たい夜風に吹かれながら、カレは静かに目蓋を閉じた。
ーーーPM10:00
「こんばんはーー☆」
ミウマが時間通りに閉店したスーパーONIYASUに訪れると、入り口の近くでコヅチとクゲが待っていた。
「やっほー先輩。時間ピッタリじゃないですかァ」
「……………」
クゲはいつものようにヘラヘラ笑いながら手を振ってくれたが、コヅチは何故か視線を落として考え事をしていた。
「???」
先ほどと違うコヅチの様子にミウマは小首を傾げる。
「……何考えてんの?」
「びゃあ"ッッ!!!」
耳元で声を掛けると、コヅチは片耳を抑えて飛び上がった。
急いでミウマから距離を取ると、彼はわなわなと身体を震わせてカレを指差す。
「な、なにしやがる!!??」
「いやあ、コヅチくんが何か考え事してたみたいだから現実に引き戻してあげようかと思って」
「もっと他に良い方法あっただろうが!!」
「えーーー、あったかなあ」
ギャーーギャーーー!!
2人で言い合いになっていると、ため息を吐いたクゲが彼らの間に入って仲裁する。
「はいはーーい。言い合いはここまでェ。さっさと閻魔様と連絡をとりましょー」
****
スーパーONIYASUの屋上に移動すると、クゲは空中に五芒星を描き出した。
そして現れた暗闇に手を突っ込むと、そこから通信用の魔境を取り出す。
「それじゃあ、閻魔様に連絡しますよォ」
そう言って鏡に手を翳した瞬間、鏡は赤色に光だした。
そして鏡の向こう側に映し出されたのは、閻魔とアカドリの姿。
「やっほー!閻魔様、アカドリ様お久しぶりです☆」
「おいコラ、テメエ!お二人に失礼だろ!?」
あまりに軽率な挨拶にコヅチが叱ると、アカドリはため息を吐いて眉間を押さえた。
『……ミウマ、お前は相変わらず元気そうだな』
「アカドリ様はだいぶやつれましたね」
『……誰のせいだと思っている』
「あははっ」
ミウマは笑ってアカドリの話をスルーすると、玉座に腰掛けている存在に目を向けた。
「閻魔様もお元気でしたか?」
『元気な訳がないだろう。貴様のせいで毎日頭痛がする』
「ありゃま」
『……本来ならすぐにでも貴様を地獄に連れ戻したい所だが……。今はそのことについて言い争っている場合ではない』
閻魔が指を鳴らすと、鏡に写っていた映像が別のものに切り替わった。
そこに映し出されたのは、百本の腕を持った仏像の姿。
手にはそれぞれ異なる形の剣を携えており、映像から見ても異様な殺気を放っていた。
「何ですかァ?この変な仏像」
『此奴の名前は"阿修羅"。凶暴性が高いため地獄の地下牢に封じられていた冥界の殺戮兵器だ』
閻魔は阿修羅の映像を見せながら、今回の経緯ついて話し始める。
『昨夜、冥界の殺戮兵器"阿修羅"が何者かの手によって脱獄し、冥界門を突破して地獄から逃亡した。現在は三途の川を下り、人間界に向かっている』
暗闇の中で閻魔はスッと赤い瞳を細めた。
『お前達の任務は人間界で阿修羅と闘い、奴を再起不能になるまで破壊すること』
任務内容を聞いたコヅチは、緊張のあまり顔が強張ってしまう。
「了解しましたァ」
しかし隣にいたクゲは呑気に間延びした声で返事をしていた。
コヅチは目をかっ開き、すかさず彼にツッコミを入れる。
「クゲ、お前阿修羅の恐ろしさ全然理解できてねーだろ!?」
「え、先輩阿修羅が怖いんですかァ?」
クゲは鋸歯状の歯を見せてニヤニヤと笑った。
「獄卒なのに殺戮兵器ごときでビビっちゃダメでしょ。ほら、ミウマさんを見てくださいよォ」
クゲが向けた親指の先を見つめると、そこにはキラキラと瞳を輝かせるミウマの姿が。
「阿修羅をブッ壊せばいいんだね!すっごく楽しそう!」
「アレが模範的な反応です」
「いや、異常だろ!?」
ワクワクとした表情で笑うミウマに、閻魔は重みのある声で言葉を付け加えた。
『任務を遂行する際は、人間に危害が及ばぬよう細心の注意を払って行動しろ。……特にミウマ。お前が大事にしている人間は注意した方がいい』
その言葉を聞いて、ミウマの表情から笑顔が抜け落ちる。
「………それ、どうゆう意味?」
表情を一変させて、カレは鏡の向こう側にいる閻魔を睨みつけた。
『クゲから話は聞いているぞ。お前が夢中になっている人間が、"時止めの炎が効かない"特殊な体質の持ち主であることを』
「…………」
『今はその青年について深く言及しない。だが、彼を含め人間に危害が及んだ場合は……それ相応のペナルティを受けてもらう』
その言葉を聞いて、ミウマはハッとした顔でコヅチが持っていた閻魔印の赤紙を奪い取った。
「あっ、おい!何しやがる!?」
そして赤紙に書かれた内容を読むと突然末文の先が燃え上がり、文章が書き加えられた。
"任務遂行中、人間に危害が及んだ場合は地下牢での謹慎100年を命じる"
ーーー閻魔印の赤紙は獄卒にとって、冥界の規律に等しい強制力がある任務状。
任務を引き受けた獄卒は赤紙に書かれた規則を破ると、閻魔から重いペナルティが課される。
コヅチとクゲが隣から覗き込んで赤紙の内容を確認すると、同時に顔を顰めた。
「うわ……」
「完全に俺たち巻き添えじゃないですかァ……」
「…………そういうことか」
ボソリと低い声で呟いた後、ミウマはいつものようにニパッと笑った。
「いいよ☆もし規則を破った場合は、そのペナルティ受け入れてあげる』
『…………』
「だけどーーー、」
ミウマは赤い瞳を細め、挑発的な表情になる。
「もし人間を誰1人傷つけず、阿修羅を再起不能になるまでブッ壊したら……ボクのお願いを1つ聞いてくれる?」
『願いだと…?』
「そう!ボクいいこと思いついちゃったんだ!」
カシャンッ
『ミウマ!貴様いい加減にしろ!黙って聞いていれば!!』
アカドリが錫杖を突いて声を張り上げると、それを閻魔が制する。
『よい、アカドリ。………なんだその願いとは』
「それはねーーー、」
ミウマの話を聞いて、閻魔のみならず全員がポカンと口を開けた。
「……ミウマ。お前、それ本気で言ってんの?」
「うん!」
「いやあ、ミウマさん。さすがに俺でもソレは無謀な気がしますがァ……」
「できるできる☆」
『………はあ』
アカドリは呆れたように額を抑えるが、閻魔はやる気満々のミウマを見て"その願い"を承諾した。
『……わかった。貴様の好きなようにしろ』
「わーーい!」
『もし阿修羅が三途の川を渡りきれば、明日にでも人間界に降臨するはずだ』
そう言うと閻魔は鏡に向かって"ある物"を放り投げた。
それは鏡の中をすり抜けて3人の前に落とされる。
『それは阿修羅の魔力を探知してくれる特殊な魔道具だ』
懐中時計の形を模したソレは全部で3つあり、3人が1つずつ手にすると閻魔は説明を続けた。
『阿修羅が人間界に降臨すれば、その魔道具が自動的に反応し、お前達を阿修羅の元に転送してくれる』
閻魔の説明に3人が感嘆とした声を上げると、アカドリは眉間に皺を寄せて口を開いた。
『……いいか、阿修羅を見くびるなよ。奴は昨日対峙した獄卒を1人残らず、木っ端微塵に殺している』
「だいじょうぶだよ」
ミウマの落ち着いた声が周囲の注目を集め、静寂へと導く。
月夜の中で、嗜虐的な赤い瞳は蕩けるように滲んで光った。
「殺される前に、ボクがアイツをバラバラに壊してあげるから」
そう言って、カレは口元に薄らと笑みを浮かべた。
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