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花のいのちはみじかくて
苦しきことのみ多かれど
風も吹くなり
雲も光るなり
彼女はなぜあの一節を口ずさんでいたのだろう。何があの夜、彼女にあったのだろう。
彼女という女性は本当に存在したのだろうか。疲れたぼくが見た、幻だったのだろうか。
冬が来ても、ぼくの忙しい毎日は続いた。
ただひとつ変化があったのは、ぼくは金曜の夜、新宿に立ち寄るようになった事だった。ひょっとしたら彼女に逢えるかもしれない。またあの夜のように、あの瞳で、あの細い指で、ぼくを捕えてくれるかもしれない。
けれどそれは無駄な日々だった。彼女に出会うような事は一度も無かった。喧噪と北風があるだけだった。
一年ほど経った頃の事だ。
漸く忙しさの波も越え、ぼくは小さな人事異動があって社の外に出る事が多くなった。
ある午後、客先に用があって、銀座に出た。
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