第1話 

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第1話 

――今から17年前。当時、中学1年生だった志賀 景はいじめられていた。 昔から内気で、地味な私。だからか、小さい頃からちょっかいを出されることは多かった。 それが中学にあがりグループ意識が強くなったなった途端にブレーキが利かなくなりエスカレートしたという典型的なパターンだ。 初めなんて無視や、裏でコソコソ言われるだけで可愛いもんだった。 それがいつの間にか、物が無くなくなったり直接、手を出されることが多くなった。 「ちょっと、顔かしてくれない?」 2限目の授業を終わりに私の席を取り囲む3人。隠す気のない悪意のこもった笑みを向けている。首を動かさない程度に辺りを見渡してみると、前の3人と同じ表情を浮かべる人たちが大半。あとは我が身可愛さに無関心ってところだろうか。 別にそれで恨むつもりは毛頭ない。 それよりも今は目の前のことだ。すぐに返事をしなかった私に腹を立てたのだろうか。机の脚を蹴り飛ばし、上に置いていた教科書や筆記用具が散らばる。 「おいッ。無視してんじゃないよ」 「早く、こっちに来な」 私の手首を掴むA子ともう片方の腕を持ち上げるB子、その二人をC子が先導する形で教室をでる。3人に強引に椅子から引きはがされるときクラスメートの誰かと、ふと目があった。その子は迷惑そうな感じで顔ごと目をそらす。特に期待を込めていない目を見放されたことよりもあまりにも予想通りの結果に妙に安心する。 そのまま、私は行く先も分からずに教室から連れ去られた。 3人はもう手慣れたように人目のつかない道を選び、人気のある場所から離れるほど景の扱いは雑になってく。 たどり着いた所は、離れ校舎の女子トイレ。滅多に生徒は訪れない場所で隠れて何かするにはピッタリな場所。 「ほらッ」 左腕を引っ張っていたB子がトイレの壁際に景を押しやる。 「あんた、じめじめして気持ち悪いんだよ」 「マジお前むかつくんだよ」 「あんた生きてて恥ずかしくないの?」 まぁ、見事にこんなにも悪口が出てくるものだと感心する。 毎日飽きないものだなと耳に残る嫌な笑い声を受け止めながら頭の片隅でぼんやりと思う。 「何、その目」 バンッ。真ん中に立っていた子が何かが気に食わなかったのだろか、かなりの力で景を突き飛ばした。その拍子に、近くに置いてあった掃除道具が入っている鉄製のバケツに躓いて尻餅をつくように転んでしまう。 「もしかして、反抗してる?」 バンッ。右肩に鈍い痛みが走る。 「あんたはこうやってやられとけばいいんだよ」 バシ。バシ。バシ。景に振るわれる暴力の音が響く。 「ふぅ。そろそろ、戻ろっか」 「そうだね~。楽しかった」 「あ、景。汚れちゃってるね。私が綺麗にしたげるよ」 B子が近くあった景に蹴られ横たわったバケツに水を入れた。その水を勢いよく景に放る。 「ほーら。ぴっかぴっかにしてあげたよ~。ハハハ」 「うわ~、ほんとだね。景ちゃん、お礼は?」 「あ・・・ありがとうございます・・・」 「じゃあ、あと片付けよろしくね」 トイレから出ていく三人。ケラケラと廊下に響き渡る笑い声を聞きながらずぶ濡れになってしまったスカートの裾を絞る。 残り数分もしない内に次の授業が始まってしまう。2、3歩駆け出すが髪から水滴が滴り落ちる。 (この格好じゃ、戻れないな) 保健室に寄って体操着に着替えることにした。濡れた制服入れたビニール袋を抱え教室に戻ると、一気に騒がしさが消えた。それから、ふつふつと噛み殺しきれない笑い声が起こる。 下手に反応するとまた何をされるか分からないので顔を伏せたまま自分の席に戻る。 “今日は”あれぐらいで気が済んだろうか。あの後から特に何もされることなく帰宅することが出来た。 借り物の体操着と濡れた制服を洗濯機に投げ込みスイッチを押す。中にあらかじめ洗剤を入れておけば後は自動で量を調節して入れてくれるから便利なものだ。 部屋着に着替えると日が暮れて薄暗くなった部屋に電気もつけず座り込む。両親は今日中に帰ってくることはそうそうない。モノトーンに揃えられた家具は暗さをさらに助長させ、孤独を強く感じる。 中学に上がりあと二カ月もすれば1年が経つ。自分のこの状況を相談する友達なんていないし、親に相談なんて出来るはずもない。忙しい二人にいらぬ心配を掛けたくないというのもあるがどう相談していいのかもわからない。 人間は強いものだ。最初の頃はあんなに泣きじゃくっていたのに今では涙の一つも出やしない。仕方ない受け入れさえすれば耐えられないことはなかった。その度に身体の中の大事な部分が徐々に削れていくのが恐ろしかった。 机に置いてあったリモコンをとり、特に見たいものはないがテレビをつけた。 写ったものは人気音楽番組。どこかで聞いたことのあるような名前の人たちが次々に曲を披露していく。 「RisE?」 その中で1つのアイドルグループが目に留まった。 「えっと・・・今、流行ってるんだっけ」 ちょうど、一週間前に東京ドームでLIVEをするようなことをニュースで言っていた気がする。別に興味があるわけでもなかったが気が付くと画面に釘付けになっている自分がいた。 部屋が暗いからか妙に眩しく見える。さっきまで沈み切った心に気力が戻ってくる不思議な感覚に戸惑っている間にRisEのパフォーマンスが終わってしまった。 「凄かった・・・」 皆が終始笑顔なのはもちろん、激しいダンスを歌いながらこなし、言葉にできない輝きに強く憧れた。胸にじわじわと沸き起こる熱いものに身体がどうにかなりそうだった。 すぐに、滅多に使わないおかげで貯まりに貯まったお小遣いをはたいて通販で畳一枚よりやや大きめの鏡を買った。 一週間後、鏡が届くと両親には疑問の目を向けられたが今までと同じようにそれ以上追及はされなかった。一人でなんとか壁に立てかけた鏡の前に立つ。鏡に映ってどこにでもいる普通の女の子。周りに言われるとおりに、自分で自分を卑下していたように、醜く女の子ではなく普通の女の子。数十秒ほど自分の姿を確認した後、ポケットからスマホを取り出し、三日かけて振り付けを覚えたあの曲を再生した。 学校は依然、私にとって地獄のまま。行けば必ず度が過ぎた嫌がらせを受け、休めばより過激になる。でも、楽しみが出来た。家に帰れば踊ることが出来る。いじめられることに比例してその量は増えていった。そんな生活を送っていたら私も高校生になっていた。
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