第2話 

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第2話 

出来るだけ離れた高校に進学したのはいいものの、人と接することは全くない。 一年が経っても友達なんてものは一人もいやしない。呪文のような文字をただひたすらに黒板に書かれるだけの数学の授業にクラスの半分が寝て過ごしている。意味も特に理解しないまま板書をノートに写し、ときより雲と青空が3:7の比率の外をみてたそがれているとその日の授業の終わりを知らせるチャイムが聞こえてきた。 進路関係の連絡事項とどこかで不審者が出たから気をつけろ、という内容のホームルームを終えると駆け足気味に帰宅した。 脱いだ靴もそろえず、カバンは適当なところに投げ捨て、電源を付けたテレビの前に座り込んだ。 今日はRisEのプロデューサーである田高正文から新規プロジェクトの発表がある。 「あ、始まった。」 「えー、皆様お集まり頂きありがとうございます。RAM総合プロデューサーの高田真文です。皆様の応援でRisEグループの日頃の活動が支えられていることに改めてお礼申し上げます。今回、新しいプロジェクトの発表ということですが、このプロジェクトの総合プロデューサーは私ではありません。」 「おい、どういうことだよ」「ちゃんと説明をしてください」予想外の始まりに記者たちが騒ぎ出す。 「続けます。今回の総合プロデューサーはRisEプロジェクト初期から長年に渡り私を支えてくれたエグゼグティブプロデューサー改め、新プロジェクト総合プロデューサー日笠 淳が就くことになります。」 先ほどよりも大きな騒めきが会場を包む。 「つきましては、これからの新プロジェクト説明は日笠に行ってもらいます。 では、日笠総合プロデューサーお願いします。」 田高の隣に座っている段上にいる誰よりも若い男にマイクが渡る。 「ご紹介あずかりました。新プロジェクト総合プロデューサー日笠 淳と申します。今まで、このときのために田高先生の下で長らくプロデュース業について学んでまいりました。それらを本日発表いたします、プロジェクトで遺憾なく発揮したいと思っております。では、前置きはこのぐらいに新プロジェクト名について発表したいと思います。」 会場が暗転され後方の巨大なモニターに照明と視線が集まる。 壮大なBGMが流れ、見ている者の好奇心を煽る。 「では、発表いたします。 新プロジェクト名は…「Earth」プロジェクトです。」 一斉にたかれるフラッシュでテレビ画面が黄色に染まった。 「コンセプトは「変異」を掲げ、いままでのアイドルグループとは一線を画すアイドルグループを目指したいと思います。 それに伴い、「Earth」メンバーオーディションを開催します。 本日の会見と同時刻に公開された「Earth」プロジェクトホームページに詳細は記載いたしますが――――」 身体が燃えるように熱い。その熱いものが胸の鼓動により全身に伝播していくのが分かる。湧き上がる謎の衝動が抑えられない。 プロジェクトの説明の後に行われた記者との質疑応答を終え関係者が舞台裏に消えていった。 私はそこまで見るとテレビを消し、リモコンをそっと置くと オーディションの詳細を震える手が何度もタイプミスしながら、ようやく目的の画面にたどり着いた。あの日、『アイドル』に出会ってからどうしようもなく憧れた。その憧れを追いかけるなんて昔の自分はどう思うだろうか。何度も、何度も足踏みして立ち止まって、ようやく踏み出した一歩目。 デジタル化された応募用紙の各項目に文字を打っていく。 一つ一つ項目を埋めていく度に『本当に私なんかがアイドルになれるのだろうか』と思いが現状に留めようと足に絡みつく重りのごとく邪魔をする。 それでも足を引きずりながら、這いつくばりながら、一歩、また一歩と光の方へ進んでいく。 一次の書類審査から五次審査まで終え、いつもより熱い夏が過ぎた。 いつものように授業を受け、いつものように誰とも話さないまま過ごす。少し違うのは空を見上げることが増えたことだろうか。今日も帰り道の途中でアスファルトの継ぎ接ぎにつまずいてしまった。 「はぁ・・・」 大きなため息がふと出てしまう。最終オーディションの日から2週間弱経っていた。 合否は約2週間後に出るとは聞かされていたが1週間過ぎたあたりから気持ちが落ち着かない。庭のステンレス製のフェンスを開けるとポストに茶封筒が刺さっていた。 すぐに抜き取り部屋に駆け込んだ。恐る恐る中の書類を確認する。心臓が聞いたことのない音を奏で今にも吐きそうになる。まぶたを閉じ一呼吸おき一息に抜き出す。ゆっくりと目を開け、合否を確認する―――。 今日は毎日の日課を休み両親の帰りを待った。 両親が二人とも揃うのはいつもだいたい日付が変わった頃になる。 24:50。先に帰ってきたのはお父さん。 「た、ただいま…」 少し驚いた表情を浮かべたが 「・・・ただいま」 と短く返してくれた。 「あの、お父さん。話があるんだけど時間あるかな?できればお母さんも一緒に」 「わかった。母さんが帰ってきたら一緒に聞こう」 それから20分後。お母さんが帰ってきた。 お母さんが荷物を置いてくるのを待ち、テーブルに三人が揃うという異様な風景に緊張しつつも話しを切り出す。 封筒から出した合格通知をテーブルに滑らせる。 「私、アイドルになりたいです。」 沈黙が永遠のように感じる そんな重々しい空気を換えたのはお父さんの一言だった 「そうか、頑張れよ」 「えっ」 「ん?どうした」 「てっきり、反対されるかと思っていたから…」 「父さんたちな、今まで仕事で景のこと気にかけてやれなかったことがずっと気がかりでな。景が寝てるとき母さんと毎日どうしたらいいか話してたんだ。 だからな、今、景がやりたいこと見付けてくれてくれてとても嬉しい」 「景、お母さん、昔からね。あなたがわがままも言ってくれなくて これでようやく親らしいことが出来るって楽しみなの」 「景、好きなようにやりなさい。父さんたちはアイドルのことはあまりわからないけどそれ以外のことは任せなさい。応援してるよ」 「今まで力になれなくてごめんなさい。景、頑張ってね」 お母さんの目にうっすら涙が浮かんでいるように見えた。 「お父さん、お母さん。ありがとう。私、頑張る。」 やっとのことで絞り出した声は嗚咽に混ざり聞こえなかったであろう それでも、両親は何度もうなずいて私の手を握ってくれた。 両親に打ち明けたあの日から数日が経ち、ついに旅たちの日。 特に思い出もない、辛い思い出の方が多い地元ではあったが飛行機の窓から小さくなり続ける大地に一抹の寂しさを覚えた。
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